退院
病室に諒さんが戻ってきたのは、少し時間が過ぎてからだ。
「諒さんさぁ、帝國大学だろ? すっげー頭いいよな」
憲吾が不意に声を漏らす。
「まぁ、そうだな。でも、最近は子供の教育費が高いらしいから、まぁまぁだろ」
「どんな分析だよ……」
憲吾は少し俺から距離をとろうとしたが、ベットの上、しかも動かすとまだ鈍い痛みが全身を巡る状態じゃ、たいして動けない。
「……利信、つーかさ。いいの? 言わなくて」
憲吾がそう言うのは内容がすぐわかる。犯人のことだ。
「俺も、まぁ、不良の端くれだから分かるけど。自分が事件を起こすなら少しでも多くの人間を傷つけると思う。しかも、通り魔なんて、大量に殺そうって考えの変質者だ。何時、被害者が出てもおかしくない。しかも、それが内の学校の先輩だってんだからよ」
「その先輩は平然と学校に登校してるしな」
俺はそんな話をしていて、場の空気とは全く似つかないことを考えていた。憲吾とこう、真面目な話をするのは、初めてのような気がして、少し照れくさい。
「それが一番ムカつくんだよな……。俺たちは学校にも行けずにこうしてボーってしてんのに。そいつはお勉強だろ? 俺が居たらぶっ飛ばすのに!」
「まぁ、それが一番良い方法とも思わないけど。待っていてくれることには感謝してるよ、ありがとう、憲吾」
「お、おぉ。なんか照れるな」
そう言いながら、憲吾は笑った。
「そういや、元樹はどうした? 俺たちが入院してるっつのに、見舞いにもこないでよ」
「ププッ」
俺が尋ねると、憲吾がいきなり噴出した。「それがよ」憲吾はそう続けた。
「それがよ、元樹の奴はまだ、これよ」
憲吾は携帯を渡してきた。そこには、元樹から憲吾へ宛てたメールが残っていた。
『何っ!? 憲吾とノブが入院ですと!?? それは驚きでございまするですなΣ( ̄□ ̄)! さてさて。我輩の相棒である憲吾132殿が出れないということなので、我輩は1人でクエスト続行していますのだな! ではでは、またメールを飛ばしますので。ノシ』
「苛つくな……」
「だろ?」
俺は率直な意見を言い、憲吾も同意した。
「アイツ、そんなにはまってるのか」
「まぁ、いろんなのに影響されちゃって、キャラが定まってねぇけどな」
「それも元樹らしいけど」
俺と憲吾が笑っていると、いつの間に帰ってきたのか、諒さんが立っていた。
「あっ、諒さん。いつ帰ってきたんですか?」
憲吾は諒さんを異様に気に入ったらしく、目を輝かせた。
「あぁ、さっきだけど。憲吾くんたちが楽しそうに話してるからさ。邪魔しちゃ悪いでしょ?」
「いや、そんなことありませんって。諒さんなら、全然大丈夫ですよ」
「そうかい? だったら、話に混ぜてもらおうかな。どんな話をしてたの?」
俺は少し戸惑った。今話していたことといえば、通り魔のことと、元樹のことくらいだ。どちらを話しても、理解してもらえるとは思えない。
「諒さんが頭良いって、話してたんですよ」
あっ、それがあったか。
「え、俺? そんなことないよ」
諒さんは少し遠慮気味に言った。心なしか、さっきまでと雰囲気が違うように見える。
「だって帝國大学ですよね。諒さんはなかなかその話に触れませんでしたけど。俺にとっちゃ、天才です」
「ってことは、天才はこの世にいっぱいいるね。少なくても、帝國大学の学生、院生はそうなる」
「諒さんは、その中でも特別ですよ。なっ?」
と、憲吾は俺に同意を求めた。正直、諒さんがどこまでの知識をもってるなんて知らないし、興味もない。だが、ここで素直にいうのは、大人じゃぁ、ない。
「そうですよ、俺もそう思います」
と、何となく調子をあわせる。
「そうかなぁ? 少し、自信でてきたよ、ありがとう」
諒さんはそこで頭を軽く下げた。諒さんも、人間ができていると思う。
それから、数週間、俺と憲吾と諒さんは、会話をして愉しんだ。俺と憲吾が、諒さんよりも前に退院できた。そして、今日は退院日。
「諒さん、長い間、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
憲吾に続いて、俺も挨拶をする。
「俺も、早く直すよ。2人は、頑張ってね。学校も。利信くんは、部活もね。病み上がりなんだからムリはしないほうがいいよ」
「はい」
俺は答えた。
「それじゃ」
憲吾が名残惜しそうにいった。
「バイバイ」
俺と憲吾が後ろを向いた。
「あっ、利信くん」
「はい?」
突然、諒さんが声を掛けてきた。
「これ、手紙。預かってたんだ」
「誰からですか?」
「分からないけど……。なんか、家に帰ってから開けるようにって伝えろてっさ」
「そうですか……」
俺は、渡された封筒を見て、少し考えた。
「とにかく、ありがとうございます」
「うん」
そこで、俺と憲吾の入院生活は終わった。カレンダーを見ると、明日は土曜日。部活がある。先輩達、元気かな? 最近あってなかったから、分からないや。そうだ、先輩(仮)のことも伝えないと……。
「トォォ~~~シィィ!」
遠くで声が聞こえた。……幻聴だ。
「きたよ、先生♪」
憲吾がニヤケ顔で馬鹿にしてくる。
「じゃな」俺はそう言って、チーちゃんのいる向きに戻った。
「おう!」
憲吾も、元気に返してくれた。
「大丈夫だった!?」
「うん、まぁ。たまに痛いけど」
「良かったぁぁ!」
チーちゃんは安堵の息をもらした。