崖の上の事。
車で何分くらい進んだかも分からないくらい、俺はぐっすり寝た気がする。でも、車のCDコンポの時計機能を覗くと、まだ10分程度しか経っていない。なんで今の10分と夜寝るときの8時間は違うんだろ? 気分的にはどっちも同じなのに。
「着いたよ」
座席を後ろに下げたまま、俺は目を開けた。くそっ、二度寝する予定だったのに……。
「ん? あぁ」
やっと今の状況を理解する。チーちゃんの行きたい場所とやらに着いたのだ。座席を戻す。
「どこ?」
髪をかきあげながら聞く。
「いいから降りて」
問答無用。まさにそれだ。チーちゃんの指示通り、俺は降りる。
「うわっ……」
「それは、嬉しい『うわっ』かな? それとも、残念な『うわっ』?」
「普通に、綺麗な、『うわっ』だけど」
俺は目の前の景色に、目を疑った。よくテレビドラマなんかである、崖から見える海。しかもそれが沈みかけた夕日で照らされてる。
「いやぁ~。まさかここまでタイミングがあうとは思ってなかったけど、まぁ、成功かな?」
俺に聞いているのか、それとも自分で納得しているのか分からないその言葉に、俺は自分でも珍しいと思ったくらい無視した。
「凄いね、ここ」
「でしょ? チャットで聞いたらココって出たからさ。綺麗な場所だって」
チーちゃんにそんな人間らしい感情があるとは思ってなかったよ、とは言わないほうがいいみたいだな。こういう場面では、特にさ。
「チャットって、何時やったの?」
少なくとも、家に置いてあるパソコンは俺しか使ってないから、ふとそんな疑問が出る。
「いや、まぁ、学校だけど」
「いいの? 仕事は?」
「大丈夫。昼休みにやったからさ」
チーちゃんはそう言うが、本当にいいのか? 学校だぞ。
「トシ」
「なに?」
チーちゃんの顔を見る。夕日に照らされて、若干オレンジが掛かってるチーちゃんの顔は、少し可愛い。おかしいな? 俺、『可愛い』よりも『綺麗』の方が好みなのに。じゃぁ、あれだ。今のチーちゃんは『綺麗』ってことで。
「こうゆう時にしか真面目に言えないから、一応、ね?」
「いや、疑問形っておかしいでしょ」
「それもそうか……」
俺の発言に、1人頷くチーちゃん。なにか本当に悩んでるみたいだけど、意味わかってるのか?
「で、なに? 真面目に言うことってさ」
「うん……」
チーちゃんは下を向いてそっと息を吸った。
「好きだよ」
その言葉を理解するのに、こんなに時間を必要としたのは、俺だけか? いや、言葉も意味は分かるよ。でもさ。真面目に言うこのタイミングで、冗談いう? 俺だったら言わない。
「ジョーク?」
一応、チーちゃんも俺と同じ『常識人』ということで、質問をする。
「マジ」
そう言う顔も、なれたような真面目顔だ。
「笑えない」
「笑わなくてもいいよ」
「照れてる?」
「少し」
少しって、真面目に言うならもっと照れろよ。つーか、ジョークで照れるな。
「真面目に言ってるなら、」
ここまで俺が言って直ぐに、チーちゃんが言い返した。
「真面目だよ。意外と……」
「最後のいらない。……俺は、わからない。好きかどうか。でも、嫌いじゃない。性格は、好きだし、たまに、本気で好きなんじゃないかって思うときもある。でも――」
本当にこれを言っていいのか、俺にはわからなかった。言っても、チーちゃんは離れないだろうか?
「俺は、『恋』できないんだ。あの日から」
『あの日』。先輩(仮)に潰されて、やっと出た、中3の総合体育大会卓球の部での全国優勝を終えた2学期。俺は好きな女子がいた。でも、その想いは、儚く消えた。
「もう、嫌なんだ。人を好きになるのが、怖い。好きになるなら、一瞬だけでいい。遠藤と同じ答えになるかもしれないけど。俺は、中途半端だ」
「……」
チーちゃんは何も答えない。
「やっと好きになった卓球だけを、今は見ていたい。わがままだって思うなら思ってくれて大丈夫。俺だって、自分がわからない。好きになっても、俺が大丈夫なのか。怖いから、好きになることが」
今の自分を吐き出した途端、俺の頬を汗が垂れた。何時までも止まらないって思ったその汗は、直ぐに止まった。
「目が、痒いや」
目をぬぐう。
「チー、ちゃん?」
チーちゃんの答えが聞きたい。前に進みたい。
「トシ、今のことは忘れよう。ごめん! 私も少しタイミングミスった」
今度は、俺が答えに困った。忘れろって、ムリだろ。
「大丈夫、私は離れないよ。好きなだけ、好きなものとぶつかりあえるのは、若い子の特権。安心しな」
そう言って、チーちゃんは俺を抱いた。また、汗が垂れた。
「やめてよ、汗がつく」
その汗が本当は涙なのに、俺は、現実を受け止められなかった。
「帰ろっか」
「うん」
俺とチーちゃんは黙って車に乗った。
「チーちゃん?」
「ん?」
車を走らせて、宿への帰路を走っている途中で、俺は声をかけた。
「いや、何でもないや。明日も、よろしく」
「それは、今日の夜聞きたかったな」
「分かった、夜も言うよ」
「Thank you」
発音の良い、チーちゃんの英語。その声が、俺の子守唄となった。
「着いたら、起こして」
「Sure」
僕は約束を守る男でした。これも学校からの投稿となりました。では、次回までもう暫くお待ちくださいませ。