過去
3年前の春。俺は今と何ら変わりのない中学1年だった。まだ入ったばかりということもあり、俺は部活動見学をした。でも、俺はもう決めていた。『卓球部』と書かれた板を掲げている部室。俺の通っていた学校は一般的な公立中学校だった。そのためか、全国はおろか、県大会で負けてしまう中学校だった。
「……あの」
俺は部室に入った。先輩達は笑顔で俺を迎えた。よくある、楽しむ卓球を求めているように感じた。だけど、俺は幼いながらに、雰囲気がどんよりしていることに気がついた。
「何かあったのかな?」
俺は隣にいた友達に聞いた。
「うん? 何が? おら、次行くぞ」
友達は興味がなかったらしく、友達の希望でハンドボール部に向った。
翌週。俺は入部届を提出し、部活に向った。
「おし。全員揃ったところで、練習だ」
当時の部長は自己紹介を終えると、一気に素振りを教えてきた。俺は永遠に続く素振り地獄を苦痛い感じていた。そんなことをしながら、1ヶ月が過ぎた。
「村井、1回打つぞ」
「……はい」
部長が俺を呼んで、中にいれた。1年の人数が多かったため、皆は外だ。正直、嫉妬や僻みの目で見られていたのは分かった。だが、それでも俺は中でラケットを振った。楽しいことをして何が悪い……!? 当時の俺には、そんな優越感が満ち溢れていた。
土曜日の練習中に、『先輩(仮)』はきた。
「はぁ~い♪ 後輩の奴隷ちゃんたち、まだ卓球やってるの? 雑魚いんだから、もぉ止めればいいのにさ♪ 心の奥底から、汚らしいよ?」
「……」
今まで円滑に進んでいた練習が、一気にぎこちなくなった。
「どうしたんですか? 部長」
「……」
俺が話しかけても、部長は答えない。心なしか、震えているようにも見える。
「あっ、キミが例の新人くんかぁ♪ 心の奥底から、弱そうだね?」
「はっ?」
俺は正直調子にのっていた。先輩達にいち早く認められ、中学生という小学生よりも1ランク上がったという気分もあったのだろう。
「うんうん♪ いいねぇ、その、燃え滾るメ。……でも♪ 心の奥底から、ドンマイ。今日キミは卓球を止めたくなります♪ ご愁傷様」
いいかげん、我慢ができなかった。いきなり現れて、自分を馬鹿にする。怒る理由には十分だった。
「勝負しよっか?♪ はい決定。ねぇ……?」
『先輩(仮)』がそういって部長を睨むと、部長は皆を外に出した。
「何するんですか?」
自分だけが取り残される感覚。孤独。強がっていても、相手は明らかに自分よりも強い。怯える理由にも十分だ。
「ほら、早く終わらせるんだからさ。ココロのオクそこから、キミのジンセイをね?」
「ふっざけんなっ!」
俺は2人になった練習室で叫んだ。虚しい。声だけは外に漏れることを期待しながら。
「部長達がなんでアンタに怯えてるかは知らねぇけど、俺はアンタが嫌いだ。絶対ぇ、勝つ!」
「御託はいいからさ♪ はやく、つきなよ? 心の奥底から、潰してアゲルし♪」
俺はラケットを持って、『先輩(仮)』に勝負を挑んだ。
結果。俺は心は完璧に潰された。記憶にない。あるのは、文章の羅列だけ。ゲームの内容なんて、どうでもよかった……。
「ほぉら、キミの番だよ♪」
「もぉ諦めたの? 口ほどにもない……」
「最悪」
「卓球、好きじゃないの?」
「止めれば?」
「弱いのに、惨めだよ♪」
「飽きた」
「さっさと終わらせよーっと」
「逃げないの?」
「弱い証拠だよ♪」
「まだ、あと1点もある」
「ここから12点連取すれば……」
「負けだったね?」
『先輩(仮)』独特の話口調は途切れ、集中的に俺の心を抉り出した。正直、逃げたかった。だけど、逃げられなかった。心がなくなった人間は、動けない。
「はい終わり♪ 心の奥底から、残念だったね?」
「……」
人は無残に負ければ負けるほど、それを嫌いになる。俺は、卓球が嫌いになった……。 カシャッ。携帯のカメラのシャッター音が聞こえた。
「気にいった♪ 心の奥底から、ねぇ♪ 逃げないってのは、ムカついたけどさっ」
『先輩(仮)』はそれだけ言って、外に出て行った。
数十分後、俺が出るまで、誰も部室には入ってこなかった。敗者とは、顔をあわせたくないのだろう。そう思っていた。だけど、
「バーカ!」
「雑魚」
「超絶天才馬鹿」
「取り得なし!」
チームメイト、しかも同学年から浴びせられる罵倒。
「雑魚いくせに、調子のんなよ!」
「……」
部長達は、何も言わずに部室に戻った。
「……」
俺も、何も言えなかった。その日の部活は、そこで帰った。
それから、俺は死ぬ気で練習した。好きでもない行為を、ただ、続けた。同学年のチームメイトが卓球台についているときも、ただ……続けた。基本的な体、体力、フォーム。何でも良かった。どんなに時間をかけてでも、強くなりたかった。だが、帰りの挨拶のときに、聞いてしまった。
「来年、アイツやめるだろ?」
自分のことなのに。わからなかった。
「俺、やめるのか?」
確かに、卓球は嫌いだった。でも、練習は続けた。結局、その年の先輩の引退試合も、練習だけした。だけど、部長達は何も言わなかった。いや、いえなかったのかも知れない。
翌年も、ただ練習だけした。そして、俺が3年になるとき。
「試合、してくれ」
チームメイトの中で1番強い奴と試合をした。みんなは何十回と試合をしているが、俺にとっては2回目だった。でも、負ける気はなかった。
「嘘、だろ……?」
周りの観客の声が聞こえた。『11-0』これを2回。あと1回やれば俺の勝ちだ。
「調子、のんじゃねーっ!」
正直、俺が押しているにも関わらず、その声が怖かった。試合をしていない人間は、プレッシャーを怖いと感じることを知った。3セット目は『11-9』だった。
「……勝った……?」
嬉しいのに、涙が出た。その年の全国大会で、俺は図々しくも優勝した。
これが、俺の過去だ。全ては、『先輩(仮)』によって壊されて、修復された。『先輩(仮)』によって俺は孤独になって、そこから這い上がったんだ。
「ふぅぅ……」
俺の全てをチーちゃんに曝け出したことで、俺は大きな呼吸をした。知られるのが、恥ずかしかった。自分の醜態が、知られたくなかった。
「よしよし。トシは頑張ったね……。強くなった」
チーちゃんは俺の頭をなでた。そして、優しく、俺を包んだ。カーペットに、涙が零れた。
「チー、ちゃん……」
俺は弱い。泣くことで、誤魔化すしかない。
「何?」
1人ならば……。
「俺、勝ちたい。アイツに……! 絶対」
「チャンスは来るよ。絶対に……」
「来る? 今からいくよ」
俺は、もう1回卓球場に向う気でいた。
「ムリだよ……。ほら」
チーちゃんはそう言うと、外を指差した。そこには、バスに乗った『先輩(仮)』がいた。
「くっそ……」
言葉を失った。アイツは、俺をまた潰して、平然と俺の前から立ち去った。何も、できない。
「でも、これを置いていったよ」
チーちゃんが取り出したのは、一通の手紙だった。そこには、
『利信ちゃんへ♪』
アイツだ。 一瞬でそう感じた。俺は、何もみないまま、封を切った。