富樫 拓
『バーカ!』
『雑魚』
『超絶天才馬鹿』
『取り得なし!』
最悪。変な夢だ。でも、夢って自覚してる分マシか……。リアルでコレだったら、マジ死んでる。
――本気で夢だ。――
俺が目を覚ますと、まず最初に後ろを見た。横で変な声が聞こえるが、無視の方向でいこう。 後ろには、荷物が4つ。2つは大きな荷物で、2つは持ち運びが楽なセカンドバッグ。セカンドバッグの内1つは俺の使っているバッグだ。
「……」
次に服装の確認。ジーパンに、Tシャツ。その上にチェックの羽織物(今、そんな言い方する?)。ジーパンの右ポケットには携帯らしき物を確認。
「……おはよ」
2つの確認を終えてから、やっと声を出す。あっ、これ3つ目の確認ね。声が出るか。
「おはよ~♪ やっと起きたね」
聞き覚えのある声。『やっと』と言う単語が気になって、目の前のデジタル式時計を確認してみる。『7:12』。……………………遅い? そりゃぁ、学校の時には少しの遅れかもしれないよ? でもさ、まだまだ連休の1日目なわけで、そんなに遅くはないと思う。
「ところでさ、何時家出たの?」
何とねく、隣の人に確認を取る。
「うんとねぇ、6時32分くらい?」
32分を『くらい』と表現できる人物は俺の知る限り1人しかいない。
「チーちゃん、今何処?」
「後10キロほどで塚百合地区に到着です♪」
「……」
「えっ、とぉ……右手には、山が見えます」
「……」
チーちゃん相手に無言を貫くと面白い。必死になるからさ。
「自動販売機も見えまぁ~す」
「……」
「上を見ると、ほのかに明るい光がっ……。トシ? 無視しないでよぉ!!」
「うわっ!」
こればっかりは仕方がない。運転中のチーちゃんが、助手席の俺に抱きついてきたんだから。
「チーちゃん?」
「うん?」
「上、見えないよ?」
上を見るチーちゃん。
「あ……」
やっと気がついたか。全く、自分の運転する車くらい、覚えていても良いんじゃないの? 全く! 俺は寝起きが悪いんだ。もう少し寝よ……。
「寝るなぁぁぁ!」
睡魔という悪魔に天国へ連れて行ってもらう途中で、リアルに戻された。
「私、寂しかったんだよ。トシを拉致、……じゃなくて、車に運んだときも1人だったしさ」
「チーちゃん? 今、変な日本語が聞こえたんだけど」
「I don't know. End you?」
「変なタイミングで英語教師に戻るなよ」
はぁ。チーちゃんは都合の良いときに限って教師に戻る。困ったもんだよね、本当にさ。
「そーいやチーちゃん。今日、何処に泊まるの?」
「えっとねぇ、此処」
チーちゃんは本当に警察に取りしまわれた方が良いな。運転中に手放し運転しすぎる。 俺はチーちゃんから貰った宿のガイドマップを見た。
『特選!! 塚百合地区の秘湯! 皆草の里』
そのほかにも、塚百合地区の温泉宿がたくさん掲載されていた。こないだ、観光名所じゃないって言ったことは、訂正しないとな。
「ん……?」
俺はガイドマップの1箇所に目を這わせた。
『卓球場有り』
「チーちゃん、もしかして?」
「当たり前でしょ。こんなところでも、練習しないとさ。3日もあるんだから! 私が相手になるよ」
「だったら、練習できたじゃん」
「そこっ! デート中の違反だよ」
俺の愚痴に、チーちゃんは速攻でダメだしをする。まぁ、たまにはチーちゃんとの練習もいいな。それに、気分転換は必要だし。
「今日と明日の朝は卓球三昧♪ で、明日のお昼からは本格的デート」
「これ、デートじゃないよ?」
「ピピーッ。トシにイエローカード! 次はレッドだよ?」
俺は、「付き合ってもない男女の行動はデートじゃないでしょ?」をグッとこらえた。
「ほら、そろそろ」
数十分後。『皆草の湯』という看板が見えた。そこの駐車スペースには、俺達のほかに、何台か止まっていた。
「いらっしゃいませっ」
俺が車から降りると、元気の良い声が出迎えた。
「こんにちわ」
チーちゃんが挨拶を交える。俺も会釈だけはしておく。
「城峰様ですね? 卓球場も使われますよね?」
「はい。何時から利用できますか?」
「今からでも、ぜひ」
まだ8時でもないのにチェックインが出来るのも珍しい。でも、卓球を目的に人が来るなら、有り得るかな?
「じゃぁ、今から使います」
「分かりました。では、お部屋に案内させていただきます」
「お願いします。トシ」
「あ、うん」
俺は、チーちゃんの声に返事をして、後についていった。
「……?」
「どうしたの?」
横目でガラス窓を見ると、知り合いの感じがした青年が横を通った。でも、誰だかわからない。相手も気がついてなかったようなので、俺は直ぐに歩きはじめた。
「ゴメン、なんでもないよ」
でも、気がかりだ。久々の宿だから、緊張してんのかな? とにかく、今は楽しまなくちゃ。 俺はそう思って、チーちゃんについていった。
「こちらです」
女の人に案内されたのは、洋風と和風の混じった感じの、高そうな部屋だった。
「チーちゃん?」
俺はつい金額をきにして、尋ねた。もう女の人も居ないので良いだろう。
「大丈夫♪ 私もちだからさ」
「そっか」
チーちゃんは俺の心配を知っているかのように笑顔を見せた。
――1階ロビー――
「富樫様、ですよね?」
利信と千鶴を案内し終え、次の客を案内しようとした係員の女性は、ロビーにたたずむ男を見て、若干の悪感を感じた。この宿に勤めて13年。もう素人ではない女性に、初めて襲った感覚だった。
「あっ、ごめんなさいね、本当に心の奥底から謝りますって♪ で? 俺の部屋はどこですか? 心の奥底から案内を願います」
独特の口調。女性は一瞬、最近テレビで見たことのある『中二病』かと思った。しかし、男の顧客リストを見ると、年齢は18歳。それはないと確信をもった。
「そ~いや、さっきの二人組みのカップルの人♪ 卓球しますよね? 心の奥底「さぁ。私にはわかりかねます」
女性――シズエ――は、独特の口調を聞かないために、話途中で言った。シズエは、敢えて利信と千鶴が卓球をすることを言わなかった。言ってしまうと、何かが変わると感じたからだ。
「そっか。じゃぁ、検討はずれかな? 心の奥底から残念だな」
「……」
シズエは何も答えない。後少しで客間。それまでの我慢だ、と、自分に言い聞かせて。
「でも、人が話をしているときに口を挟むのは、いけないでしょ? 心の奥底から殺しちゃうかもよ? 精神をさ♪」
壊されない。そんな自信がシズエにはあった。接客業を営むものとしての自信があったのだ。
「まっ、もう遅いけどね♪ なぁ~んて、心の奥底から、手を合わせますっと♪」
棒読みのような口調。とともに、シズエには1つの案が纏まった。
(今日で、辞めよう。全部、無駄だね)
と。
「ここまで案内ありがとう。ゆっくりするといいよ。本当に、心の奥底から、笑ってやるよ♪ 嘘は、いけませんって」
男は、誰もいない廊下から、部屋に入った。そしてドアを閉め、ゆっくりと呟く。
「ねぇ? 利信ちゃん♪」
男はポケットに入っていた携帯のデータフォルダを開いた。そこには、まだ中学1年生の、利信の姿が映っていた。
「また、潰してあげる♪ 卓球が、嫌いになるくらい。もう一度」
そうして、ニヤと、男は笑う。
『富樫 拓(とがし たく) 帝國大学1年。Sチーム所属』
なんだか、特殊スポーツ漫画のような人物が出てきましたが。彼には、変な要素満載の小説にするように、ではなく。トシとチーちゃんの恋愛に深く関わらせていきたいと思っています。 余談ですが、今回の小説(他の小説も含みます)は、登場人物にそっくりな知り合いがいます。もちろん、今回出てきた富樫 拓さんも です。では、今回もあとがきが長くなりましたので、終了とさせていただきます。では、次回を待っていてください。 読者様あっての、小説なので……。2011年1月22日11時44分。今回から、←のようにしたいと思っていますので。