卓球のお話
「――……いまぁ」
ん? ……声が、聞こえた? まぁ、いいや……。
「よくない!!」
俺はまだ寝ぼけている体を無理矢理動かしてケータイを開いた。
『2:07』
表示された画面を見て、俺はまたもや睡魔に飲み込まれそうだったが、犬のように体を震わせて起きた。
「さむっ」
まだ秋に入ったばかりだというのにも関わらず、朝方――というよりも、まだ深夜?――は肌寒く感じた。
「チーちゃん、だよな?」
俺は少し不安げな気持ちを抑えて階段を、もちろん音を立てずに、下りた。
「……」
俺は無言のまま電気が点いている、リビングを覗く。そこには――
「チーちゃん……」
がいた。
「あ、トシ、ただいま。起こしちゃった?」
笑顔で俺に気を使っているチーちゃんだが、その目には隈がある。
「いや、起こされてはいないけど。……仕事、お疲れ」
どんなに今日の朝、嫌な思いをさせた相手だからと言っても、疲れているのだから、励ましてもいいでしょ?
「良かった」
チーちゃんは本当にホッとしたように息を吐いた。
「チーちゃん、ココアでも飲む?」
まだ似合う季節ではないとは思ったけど、基本的に季節なんてもんはないから、俺は今できる優しさをチーちゃんに伝えた。
「トシが作ってくれるの? ありがとう。愛して」
俺はチーちゃんの言葉を軽く無視する形で、台所に向った。
「はい」
俺はすぐにココアを2人分作ると、机に置いた。
「あぁ~。疲れがとれるぅ~」
チーちゃんは基本的に強い人だ。喧嘩じゃなくて、体力っていうか、気力っていうか。そこは気にしないで。そんなチーちゃんが弱音を吐くのは珍しいと思う。まぁ、この程度で弱音って思うのは、チーちゃんが小さな弱音も言わないからだろうけど。
「いや~、トシもおいしいココア作れるようになったものよねぇ」
「いや、ココアくらいは誰でも作れるでしょ……」
「いや! トシは良い夫になるよ、うん」
否定を否定で返す形で、チーちゃんは返答してきた。 チーちゃんのこうゆうのって、何て言うんだっけ? 親の欲目じゃなくて……。同居人の欲目? なんか違うけど、まぁ、いいや。
「……ところでさっ」
ったく、なんで人間ってのは、自分に不都合のことを切り出すのが、こんなにも苦手なんだよ?
「話があるって、メールにあったじゃん。何、話って?」
俺の言葉に反応したのかしないのか、チーちゃんが俺の方を一瞬キツイ目で見た。
「……今日さ、仕事って言ったんだけど、本当は、全国高校総合体育大会卓球競技予選大会の、会議だったんだよね?」
なんで、最後の語尾が疑問符みたいに上がったの? と、俺はあえて聞かないことにした。第一に、チーちゃんの目が本気だったこと。第二に、結構、大事だからってこと。
「へぇ。日にちとか、決まったの?」
「うん。決まったよ。ただ、相手がさ……」
「相手って、もうトーナメント表は出たって、大鉄先輩言ってたよ? それなのに、なんで今ごろ」
チーちゃんは、俺に疑問に、少し長い間を置いて答えた。
「津貫高校は、シード権のある位置にいるんだけど」
シード権とは、主に前回の大会で優秀な成績を残した学校が少しでも次の本大会に出やすくするシステムのこと。津貫高校は、毎年のようにシード権を貰ってる。
「その、Bリーグにね、星鐘(ほしかね)高校が入ったの」
「……うそ、でしょ? だって、今までだって一回も、予選では決勝でしかあたったことないじゃん」
星鐘高校は、いわば予選大会での津貫高校とは好敵手ってやつ。今までは星鐘高校がAリーグ、俺たちがBリーグだったから決勝までは互いに当ることはなかった。 津貫高校は全国まで名が知られていて、尚且つ全国優勝を何度も経験している高校ではあるが。星鐘高校は団体戦、全国2位だ。毎年、県大会、地方大会、全国大会での決勝で試合をしている。全部勝ってはいるんだけど、どれも全部先輩たちの顔が険しかったのを覚えている。
「つまり、リーグで当るってことは、どちらかが、県大会出場できなくなる」
「初っ端から……。でもさ! 逆に、体力があるときに戦ったほうが、良いんじゃないの?」
「でも、それは相手も同じこと。星鐘高校の戦術は、知っているよね?」
「……うん」
まさかチーちゃんがそこまで高校卓球にくらしくなっているとは思っていなかったので、驚いた。星鐘高校は、『体力を削る戦い』をする。互いの、体力勝負に持ち込まれる。
「しかも――」
チーちゃんは続ける。
「今年の……今回の星鐘高校は体力作りを基礎にしている」
「つまり、体力では、負けてるってこと?」
「うん。データ的にはね」
しばらくの間、2人の間に沈黙が流れる。本当に、こうゆう時間って、嫌い。
「ふぅぅ。チーちゃん、俺達で、悩んでても仕方ないよ。今度の月曜日の放課後、テスト明け一発目の練習で、それを伝えればいいじゃん」
俺は、いつもの、いつも以上のテンションでチーちゃんに伝えた。
そうだ、俺が落ち込んでたら、チーちゃんの方がもっと酷くなる。だから、俺や、先輩達が、強気になるんだ。 俺はそう決めると、リビングを後にした。うん、格好は良い。
「……慰めてくれたっていいじゃない。それからなら、一緒に寝れると思ったのにさ」
「ぶっ」
俺はチーちゃんの言葉に驚きを本気で隠せなかった。まっ、チーちゃんも元々簡単に落ち込む性格でもなかったってことだね。
【全国高校総合体育大会卓球競技予選大会まで:14日】
【帝國大学Dチームとの試合まで:??日】
今回は、ラブ要素ゼロでいきましたが、どうでしたか? このお話は、僕自身も好きな卓球と恋愛との組み合わせなので、それを踏まえたうえで読んでくれると幸いです。 それでは、次話をお楽しみにしていてくれると嬉しいです。
では~。