特になしと思ったときが何かある
翌日。今日はテスト期間なので今日から3日間は部活が出来ない。つまり、今日は朝練がないってこと。俺は教室に入ると憲吾と元樹に挨拶をする前に自分の席に向った。目的はたったの1つ。謝ること。
「おはよう」
そう笑顔で遠藤は俺に言った。まるで、昨日は何もなかったかのように。
「えっと……あぁ、おはよう」
俺は覚悟の決められない自分に腹が立った。
「遠藤」
「何?」
少し口角を上げて俺を見つめる遠藤。その笑顔は、謝って欲しいのか? それとも、気にしていないのか?
「あの……。昨日さ、悪いな」
「昨日?」
「うん。ずっと待ってたんだろ? ごめん。それと、ノートスゲェ分かりやすかった。ありがとう」
「ううん。全然いいよ。役にたって、私もうれしいしさ」
遠藤はそれだけ言うと、机から小説を出して読み始めた。因みに題名は『踊るピエロ』。純文学なのか、恋愛なのかアクションなのか、俺にはさっぱりわからなかった。
俺は遠藤に謝るとそれからは普通に過ごした。憲吾と元樹の居る場所に移動して馬鹿みたいな話をして、チーちゃんが着たら席につく。
「おはようございます」
チーちゃんは俺達にそういった。その後に全体を見渡す。その時の俺を見る目は間違いなく『謝ったの?』と聴いていた。俺はその目を見た瞬間に反動的に頷いた。
「じゃぁ、朝のホームルームを始めます。体調悪い人」
チーちゃんの言葉に、誰も手を上げない。健康なのは一番だ。
「では、連絡事項を言います。今日からテスト3日前なので全部活動は活動停止。全国大会及びそれに近いと思われる大会を近くしている部活も同様です。テストの範囲に変更はなし。今日の授業変更もなしです。他に、質問のある人?」
チーちゃんは紙も見ずに伝えた。その動作は前の担任の教師よりもハッキリとしているかもしれない。
「それでは、今日の授業も頑張ってね! もちろん、テスト前だから勉強もしっかりと! 以上で終了とします」
ドッ!! チーちゃんの話が終わった瞬間、緊張の糸がプツンと切れたかのように生徒は姿勢を崩した。俺はそこまで感じないが、チーちゃんには姿勢を正せるような威圧感があるのだろう。 ホームルームを終えた俺達は、1時間目の授業の準備を始めた。
今日は特にコレといった事はなく、俺は掃除を含む全日程を終了すると帰りの支度を始めた。
「ノブ~! 今日は部活無いんだろ? だったらゲーセン寄ってこうぜ?!」
「ん~。どうすっかなぁ。憲吾は?」
「俺は、行こうかな。欲しいもんあるし」
「なら俺も行く」
俺はそう簡単に約束すると、鞄を持った。
「んじゃ、門で待ってるわ」
「OK」
俺は憲吾と元樹に伝えると、外に出た。
靴を履き替えて門の所に行くと、遠藤が体育館の裏で誰かと話しているのが分かった。俺は興味本位で近寄った。元樹と憲吾に先に行くようにメールを送ってからだ。
「――本当に、ダメか?」
男の声が聞こえた。横目で隠れながら見てみる。制服の紋章が『赤』だから3年だってことが分かる。因みに俺達1年の紋章の色は『青』だ。
「――すみません」
遠藤のどこか遠慮気味の声が聞こえた。少しずつ近寄っていくと、声もハッキリとしてきた。
「他に、好きな男でもいるの?」
「……はい」
蚊の鳴くような遠藤の小さな声。
「遠藤って、噂ねぇよな?」
遠藤はこの学校に入ってから知り合ったのだが、これといって付き合っている男の噂は聞かない。
「誰だよ?」
男の声に少し力が入る。
「……」
遠藤は答えない。
「もしかして、村井、かよ?」
は? 俺? 何言ってんだこの男は……。馬鹿だろ。何で俺なんだよ。
「……」
それでも遠藤は何も答えようとしない。
「そうなんだな……? アイツの何処がいいんだよ!」
男は遠藤の右肩に手を強く打った。
「キャッ」
壁に体をぶつけられた遠藤は、小さく悲鳴をあげた。
「だったらよぉ、俺のほうが良いって、体で教えてやるよ」
「やめて……ください」
遠藤の小さな抵抗。男の手が遠藤の体に伸びる。ここで俺が出るのは画的には面白くないけど、今は面白い面白くないとか関係ない。
「助けないと……!!」
言葉が終わる前に、俺の体は動いていた。
「やめろ!」
「誰だよ?」
俺は男の体を遠藤から引き剥がすと、遠藤を俺の後ろにかくまった。今こんなこと言う状況じゃないけど、言っていい? 俺、超カッコ良くね?
「大丈夫か、遠藤?」
「う、うん」
俺は遠藤の言葉を聴いて少し安心した。
「自分のヒーローに助けられて満足かよ、遠藤!!」
男は逆上して遠藤に罵倒した。
「先輩、いいですか? これ、退学もんスよ?」
俺はカマをかけた。
「うるせぇ! 退学上等だよ! こいよ」
「俺、大会近いから喧嘩したくないんですけど……」
「うるせぇよ!!」
男は俺に殴りかかってきた。生まれてこのかた、喧嘩をしたことがない。だって、痛いの嫌いなんだからさ。
「何やってるの!」
男の拳が俺に当る少し前に、女の甲高い声が聞こえた。
「うっ」
でも反動のついた腕はそう簡単に止まるわけがなくて、俺にぶつかった。
「村井くん!?」
「くそっ!」
男は逃げ出そうとしたが何時のまに集まったのか、男の教師陣に男はつかまった。と、同時にして俺は気を失った。だから、痛いのは嫌なんだ……。
どのくらい経っただろう。俺が目を覚ますと周りはカーテンだった。下は固くも柔らかくもないベットだった。
「保健室……?」
俺が声を出すと、正面のカーテンが開いた。
「村井くん……」
そこには、保健医ではなく、遠藤の姿があった。
「よぉ。大丈夫か?」
「うん。私は大丈夫。あの、ごめん」
「何で遠藤が謝るんだよ? 悪いのはあの3年だろ」
遠藤は少し動揺した。
「今、何時?」
「5時」
「そうか」
他愛も無い会話をする。
「先生は?」
「職員室」
「遠藤は帰ってよかったのに」
「助けられたから。それに、聴きたいことあったし」
「何?」
俺の言葉に、遠藤は少し戸惑っている。
「今日のこと、どこから聴いてた?」
「多分、最初から」
「じゃぁ、好きな人、分かったよね?」
? あの会話から、好きな人?
「あぁ」
あぁ……って、何言ってんだよ。俺。
「村井くんは、私のこと、どう思ってるの?」
そうか、エンドーハ、オレノコトがスキナノカ……。
さて、どう答えたものかな?