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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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婚約者の浮気で断罪された令嬢は全てを捨てたはずだったが、隣国の王太子に溺愛され復讐を誓う

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/28

 ――その日、世界が歪んだ。

 いや、歪んでいたのは、最初からだったのかもしれない。

「レティシア・フォン・アルヴェール。貴様との婚約は、ここで破棄する」

 王宮の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私の婚約者であった第一王子、エドガーはそう言い放った。

 ざわめく貴族たち。視線が一斉に突き刺さる。

 ……ああ、来たのね。

 私は静かに目を閉じた。予想していた。いや、覚悟していた。

 だって――

 彼は、私ではなく“あの女”を選んだから。

「理由は明白だ。貴様は嫉妬深く、聖女候補であるセシリアを虐げた」

 嘘だ。

 あまりにも、薄っぺらい嘘。

 その証拠に、彼の隣に立つ女――セシリアは、わざとらしく涙を浮かべている。

「レティシア様は……私を何度も……」

 震える声。だが、その目は笑っていた。

 ああ、なるほど。

 そういう筋書きか。

「……では、お聞きしてもよろしいでしょうか」

 私はゆっくりと口を開いた。

「殿下は、いつから“彼女”と関係を持っていらしたのですか?」

 一瞬、空気が凍る。

 エドガーの顔が歪んだ。

「な、何を言っている!」

「夜会の裏庭。王宮の離れ。三ヶ月前から、何度もお会いしていましたよね」

 静寂。

 そして――ざわめき。

 貴族たちの顔色が変わる。

「で、でたらめだ!」

「そうでしょうか?」

 私は一歩、前に出た。

 視線を、まっすぐに突き刺す。

「ではなぜ、殿下の侍従が毎回“人払い”をしていたのでしょう」

「……ッ」

 彼は言葉に詰まる。

 セシリアの顔から血の気が引いた。

 ――勝った。

 そう思った、その時だった。

「……もういい」

 低く、冷たい声。

 エドガーは表情を歪めたまま、吐き捨てるように言った。

「それでも、貴様が邪魔なことに変わりはない」

 ……は?

「公爵家の娘とはいえ、貴様は使えぬ。私はセシリアを妃とする」

 理屈も正義も、全て無視した宣告。

 つまり――

 最初から、結論は決まっていた。

 私を切り捨てるための、ただの茶番。

「……そう、ですか」

 胸が、妙に静かだった。

 怒りも、悲しみも――どこか遠い。

「では、私はこれで」

 踵を返す。

 もう、何も言うことはない。

 だって、この国に――

 私の居場所は、もう無いのだから。

 その夜。

 私は一人、馬車に揺られていた。

 行き先は決めていない。

 ただ、この国から離れたかった。

 全てを捨てて。

 全部、終わりにしたくて。

「……おい」

 その声が聞こえたのは、いつだったか。

 気付けば、馬車は止まっていた。

 目の前には――一人の男。

 夜の闇の中でも分かる、異様な存在感。

「こんなところで何をしている」

 低く、よく通る声。

 鋭い金の瞳が、私を射抜く。

「……あなたには関係ありません」

「あるな」

 即答だった。

「今のお前は、見るからに“捨てられた顔”をしている」

「……っ」

 胸が、僅かに揺れる。

「行き場が無いなら、来い」

「……は?」

「俺の国へ」

 その男は、淡々と言った。

「俺はアレス・ヴァルディア。隣国の王太子だ」

 ――世界が、もう一度歪む。

「お前、気に入った」

 さらりと、とんでもないことを言う。

「……断ったら?」

「攫う」

 即答だった。

 思わず、笑ってしまう。

 こんな状況なのに。

「……変な人ですね」

「よく言われる」

 彼は、ほんの少しだけ口元を緩めた。

「で、どうする」

 その手が、差し出される。

 ――選択肢なんて、最初から無かった。

 私は、その手を取った。

 それからの日々は、あまりにも異常だった。

「レティシア、寒くないか」

「今、夏ですけど」

「そうか。なら冷房を増やそう」

「いえ、いらないです」

 過保護。

 いや、過剰保護。

 いやいや――

「何で私の部屋の前に常に騎士がいるんですか!?」

「護衛だ」

「いりません!!」

 完全におかしい。

 でも。

「……どうして、そこまで」

 ある日、私は聞いた。

「私なんて、ただの――」

「違うな」

 アレスは即座に遮った。

「お前は“ただの”じゃない」

 真っ直ぐな視線。

「お前を捨てた奴らは、見る目が無い」

 胸が、熱くなる。

「……復讐したいか」

「……え?」

「したいなら、手を貸す」

 その言葉は、あまりにも自然で。

 あまりにも、優しかった。

 ――ああ。

 そうだ。

 私は、終わってなんていない。

「……はい」

 私は、笑った。

「全部、奪い返します」

 静かに。

 確実に。

 数ヶ月後。

 王宮は、混乱に包まれていた。

「な、何故だ……!」

 エドガーは青ざめていた。

 隣国との同盟は破棄。

 資金援助も停止。

 貴族たちは次々と離反。

 そして――

「久しぶりですね、殿下」

 私は、玉座の間に立っていた。

「レ、レティシア……!?」

 その隣には、アレス。

 圧倒的な威圧感。

「紹介しよう。俺の婚約者だ」

 ざわめきが爆発する。

「そ、そんな……!」

 セシリアが崩れ落ちる。

「あなたが望んだ未来でしょう?」

 私は、微笑んだ。

「私を捨てた結果が、これです」

 静かに、冷たく。

「全てを失う気分は、いかがですか?」

 沈黙。

 そして――

 崩壊。

 それが、彼らの結末だった。

 その後。

「レティシア、結婚式はどうする?」

「まだ早いです」

「じゃあ仮でもいい」

「意味が分かりません」

 相変わらずの彼に、私はため息をつく。

 でも。

「……ありがとうございます」

「何がだ?」

「全部です」

 彼は一瞬だけ驚いて――

 すぐに、いつもの顔に戻った。

「当然だ。お前は俺のものだからな」

「そういう言い方やめてください」

「じゃあ、俺がお前のものでもいい」

「それも違います!」

 思わず笑ってしまう。

 ああ、本当に――

 世界は、まだ終わっていない。

 むしろ、ここからだ。

 溺れるほどの愛と共に。

 私は、新しい人生を歩いていく。




◆ ◆ ◆ ◆




 ――結婚して、三ヶ月。

 私は重大な問題に直面していた。

「レティシア」

「はい」

「好きだ」

「知ってます」

 即答した。

 なぜなら――

「今、心の中で三回目だぞ」

「え」

「声に出したのは一回だが、顔で分かる」

「怖いですやめてください」

 この人、思考が顔に出すぎる。

 いや違う、私が読み取れるようになってしまったのかもしれない。

 夫、アレス・ヴァルディア。

 隣国の王太子にして、現在は私の正式な夫。

 そして――

「レティシア、今日も可愛いな」

「はいはい」

「いや本当に」

「はいはいはい」

 溺愛が重い。

 いや、重いとかいうレベルではない。

「今、軽く流したな」

「流しますよ、毎日言われてたら慣れます」

「じゃあ回数を増やそう」

「増やさなくていいです!!」

 何その発想、怖い。

 問題はそれだけではない。

「レティシア」

「はい」

「外に出るな」

「出ます」

「危ない」

「王城の庭ですよ!?」

 庭ですら危険判定。

 この人の中では、たぶん空気も敵。

「いや、万が一がある」

「何の万が一ですか」

「お前を狙う者が――」

「いませんよ!!もう全員片付いてますよ!!」

 復讐は終わっている。

 完膚なきまでに。

 なのに。

「……それでも」

 アレスは真顔で言った。

「俺が不安だ」

「あなたの問題じゃないですか」

 即ツッコミ。

 でも、少しだけ言葉に詰まる。

「……お前がいなくなるのは困る」

 ぽつり、と。

 低い声で言われたそれは――

 ずるい。

「……いなくなりません」

「本当か」

「はい」

「絶対か」

「はいはい絶対です」

「じゃあ契約書を書こう」

「書きません!!」

 なんでそこだけ行動力爆発するの。

 そんなある日。

「レティシア、これを見てくれ」

「何ですか?」

 差し出されたのは、一枚の紙。

 嫌な予感しかしない。

「『レティシアを一日百回褒める計画』」

「やめてください」

 即却下。

「だが必要だ」

「必要じゃないです」

「愛情表現は多い方がいい」

「限度があります!!」

 というか百回って何。

 数える気満々じゃない。

「ちなみに昨日は七十二回だった」

「数えてたんですか!?」

「当然だ」

 当然じゃない。

 この人、どこに向かってるの。

「……もういいです」

 私はため息をついた。

「そんなに褒めたいなら、勝手にどうぞ」

「いいのか?」

「ただし」

 指を一本立てる。

「一回につき、私も一回あなたに何か言います」

「……?」

 アレスが首を傾げる。

 その瞬間、勝ちを確信した。

「好きだ」

「はい、私もです」

「……っ」

 一瞬で固まる。

「ほら、どうしました?続けてください」

「……好きだ」

「私も好きです」

「……っ……!」

 耳まで赤くなっている。

 よし、効いてる。

「レティシア……それは反則だ」

「そっちが始めたんですよ?」

「……好きだ」

「はい、好きです」

「やめろ」

「やめません」

 攻守逆転。

 これは楽しい。

 その結果。

「……好きだ」

「私も好きです」

「……好きだ」

「私もです」

「……」

「……」

「……やめよう」

「え、やめるんですか?」

「心臓がもたない」

「でしょうね」

 勝った。

 完全勝利。

 ……と思っていた、その夜。

「レティシア」

「はい」

「やっぱり無理だ」

「何がですか」

「好きだ」

「はいはい」

「いや、本当に」

「はいはいはい」

 ……ダメだこの人。

 全然懲りてない。

「一日百回は無理でも、無制限ならいける」

「発想がおかしいです!!」

「あと、さっきのは不意打ちだったから次は勝つ」

「勝ち負けじゃないですからね!?」

 ベッドの上で真剣な顔をしている。

 何と戦ってるのこの人。

「レティシア」

「はい」

「愛してる」

「……っ」

 不意打ち。

 完全に、不意打ち。

「……ずるいです」

「勝った」

「だから勝負じゃないって言ってるでしょう!!」

 顔が熱い。

 悔しい。

 でも――

「……私も、愛してます」

 小さく返すと。

 アレスは、満足そうに笑った。

 ――結論。

 私の夫は、今日もどうしようもなくボケていて。

 そして。

 どうしようもなく、私を愛している。

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