第7話 無能は、理不尽に潰されないために静かにしている
最近、俺の周囲で起きている変化は二つある。
一つは、
レオン・アルフェルドの“発言力”が目に見えて落ちたこと。
もう一つは――
教師たちの視線が、明確に俺を捉え始めたことだ。
(……やっぱりな)
評価が崩れた優等生の横には、
必ず「原因らしき何か」が探される。
そして今回は、
都合よく“無能の最下位”が存在している。
授業中。
ガルドが黒板に魔力配分の図を書きながら、
ちらりとこちらを見る。
一瞬。
本当に一瞬だが、確実に。
(見てる見てる)
(しかも、“観察”の目)
レオンはというと、
今日はやけに静かだった。
以前のように前に出ない。
発言もしない。
取り巻きたちも、距離を取り始めている。
(……分かりやすい)
(優等生の価値って、
「周囲が勝手に盛り上げてくれるかどうか」なんだよな)
昼休み。
廊下で、昨日ちらっと見かけた平民の生徒が声をかけてきた。
「なあ、ノア」
……来たか。
「昨日の演習さ」
「はい」
「あれ、本当に何もしてないのか?」
率直な質問。
視線は探るようだが、敵意はない。
「してませんよ」
「……そうか」
彼は少し考え込み、
それ以上は踏み込んでこなかった。
「正直さ」
ぽつりと、続ける。
「アルフェルド、最近ちょっと危ないと思ってた」
――お。
(いい位置にいる)
「力はすごいけど、
余裕がなくなってるっていうか」
「そうですね」
肯定も否定もしない。
彼は肩をすくめた。
「まあ、俺には関係ないけどな」
そう言って去っていく。
(……うん)
(“気づく人間”が出てきた)
これは悪くない。
問題は、その日の放課後だった。
「ノア・エルディン」
呼び止めてきたのは、
見慣れない教師だった。
――実技担当ではない。
しかも、制服が少し違う。
(あ、これ学園上層部だ)
「少し、話を聞かせてもらえるか」
場所は、人気のない応接室。
形式ばった空気。
「君は、自分が“無能扱い”されていることをどう思っている?」
単刀直入だ。
俺は、少し考えてから答えた。
「……正直に言えば、楽です」
「ほう?」
「期待されませんから」
教師は、目を細める。
「悔しくはないのか」
――来た。
ここで、微調整ポイント。
俺は、静かに言った。
「評価されたいわけじゃありません」
一拍置いて。
「ただ――
理不尽に潰されるのは、御免です」
応接室が、しんと静まった。
教師は、何も言わない。
だが。
その沈黙は、
“無能の発言”としては重すぎた。
「……そうか」
それだけ言って、教師は立ち上がる。
「今日はいい。戻っていい」
「失礼します」
応接室を出た瞬間、
俺は小さく息を吐いた。
(……余計なことを言ったかもしれない)
評価されたいわけじゃない。
目立ちたいわけでもない。
ただ。
(ああいう扱いを、
このまま受け続けるのは――正直、嫌だ)
それだけだ。
廊下を歩きながら、
胸の奥に、言葉にできない違和感が残る。
教師たちの視線。
呼び出し。
妙に静かな空気。
(面倒なことに、なりそうだな)
それ以上は考えない。
分からないことを、
分かったふりするほど、器用じゃない。
夕方。
演習場の隅で、
ガルドと数人の教師が話しているのが見えた。
「……鑑定水晶の件だが」
「再確認が必要かもしれん」
聞こえたのは、それだけ。
俺は、足を止めずに通り過ぎる。
(関係ない)
(……今は、まだ)
無能として過ごすのは、
慣れている。
だから今日も、
余計なことはしない。
ただ一つだけ。
胸の奥に残った、
この小さな引っかかりを――
忘れないようにしながら。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
次の投稿からは、1日1回の更新になります。
ブックマークをして、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




