第66話 誤差の累積
境界域Rの報告は、翌朝には整理されていた。
『予測誤差0.7%』
『補正済み』
『構造的問題なし』
中央最適化網の解析結果は、簡潔だった。
セドリックが会議室で説明する。
「揺らぎは複合波形による一時的偏差です」
「演算式を更新しました。再発は抑制可能」
スクリーンには、補正後の滑らかな波形。
誰もが納得する。
エルドも、異論を挟まない。
軽傷二名。
大事には至っていない。
制度は機能している。
――そのはずだ。
会議後、ミアが小声で言った。
「……揺らぎの中心、消え方が変でした」
「変?」
「自然収束じゃなくて、引っ込んだ感じ」
エルドは眉を寄せる。
「数値は安定している」
「はい。でも」
言葉を濁す。
証拠はない。
違和感だけ。
違和感は、報告書に書けない。
午後。
境界域Tで、同様の微差が発生。
『予測モデルとの差異0.5%』
『問題なし』
処理は迅速。
被害なし。
それでも。
エルドは報告履歴を遡る。
ここ三か月。
0.2%
0.3%
0.5%
0.7%
誤差は小さい。
だが、確実に増えている。
端末の隅に表示される統計。
「誤差許容範囲:1.0%」
まだ余裕はある。
だからこそ、誰も焦らない。
中央解析室では、リスが新しい演算式を試していた。
「予測精度、向上しています」
「誤差は理論上、抑えられます」
セドリックは満足げだ。
「揺らぎは必ず収束する」
「重要なのは速度だ」
速度。
確かに、収束は早い。
夜。
エルドは記録室で、古い報告を開く。
二年前の境界域データ。
中央網がなかった時代。
波形は荒い。
収束も遅い。
だが、どこか生々しい。
(揃いすぎていない)
今の波形は、あまりにも整いすぎている。
まるで、揺らぎが“学習している”ように。
背後から声。
「過去を見るのは、悪くない」
ノアだった。
「誤差が増えています」
エルドは言う。
「許容範囲内だ」
「はい。でも、累積しています」
ノアは端末を覗き込む。
「制度は、誤差を処理する」
「人は、違和感を処理する」
エルドは顔を上げる。
「中央は更新を続けています」
「それでいい」
ノアは肯定する。
「だが、お前はどうする」
その問いが、また落ちる。
中央が正しいなら、従えばいい。
規則も守られている。
だが、胸の奥の小さな揺らぎは消えない。
そのとき、警報が鳴った。
『境界域V、同時微差検知』
『二地点連動』
エルドは立ち上がる。
二地点。
連動。
これまで単発だった微差が、重なり始めている。
「出動準備」
声は冷静だ。
だが心の奥で、何かが静かに積み上がる。
誤差は誤差。
制度は正しい。
それでも。
(これは、本当に誤差か?)
境界域は今日も揺れている。
そして、誤差は増えている。
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