第63話 二年後の現場
二年が過ぎた。
境界域の揺らぎは、減ったわけではない。
だが、収束までの時間は明らかに短くなっていた。
『境界域A-17、初動成功』
『被害軽微、追加対応不要』
管制室の報告は簡潔だ。
余計な緊張がない。
若い指揮官が、端末を閉じる。
「以上です。規則通りに処理しました」
その声には、迷いがない。
ノアは後方席でその様子を見ている。
前線配置ではない。
記録閲覧と顧問的立場。
誰も、彼の判断を求めない。
それが今の正常だ。
指揮官の名は、エルド・レイヴン。
二十二歳。
制度整備後に育った世代だ。
彼は部隊に向き直る。
「判断の遅れはありません」
「中央予測網との誤差も許容範囲」
拍手は起きない。
だが、全員が納得している。
ノアは静かに目を細める。
(早い)
迷いがないのは、良いことだ。
だが、迷わないことが常態になるのは、
少しだけ怖い。
リアナが横に来る。
「もう、あなたの出番は本当にないわね」
「ええ」
ノアは答える。
「それでいいはずです」
はず、という言葉が小さく残る。
午後。
中央最適化網の解析室。
巨大な魔術式が空間に展開され、
各境界域の波形が重なっている。
分析官リスが報告する。
「本日の誤差は平均0.3%」
「安定しています」
セドリック・ヴァインが満足げに頷く。
「人の勘に頼らなくていい」
「揺らぎは数値で扱える」
彼の言葉に、異論はない。
現場は楽になった。
判断は標準化された。
被害は減少傾向。
数字がそれを証明している。
夕方。
エルドは一人、訓練場を歩いていた。
今日の対応は完璧だった。
手順通り。
想定通り。
それでも。
(俺は、何を判断した?)
規則を選んだだけではないのか。
背後から声がかかる。
「迷いは必要だ」
ノアだった。
エルドは振り向く。
「迷いは判断を鈍らせます」
「迷わない判断は、誰のものだ?」
その問いに、
エルドは即答できない。
だがすぐに整える。
「規則のものです」
ノアは小さく頷く。
「そうか」
否定はしない。
それが、逆に重い。
夜。
境界域Pの報告が更新される。
『予測モデルとの微差、継続』
『問題なし』
誰も気にしない。
ただ、波形の一部が、
ほんのわずかに揺れていた。
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