第56話 前に出る理由
公式の場に出る、という決定は唐突だった。
だが、誰かに命じられたわけではない。
俺自身が、
「このままでは、もっと壊れる」
と判断しただけだ。
会場は、管理施設内の簡易会見室。
記者と呼べるほどの人間はいない。
各地の代表者と、記録担当だけ。
アレクが、事前に確認してくる。
「長く話す必要はない」
「一言でいい」
「分かってます」
ミレイアも、端で書類を整えている。
「感情的な言葉は不要です」
「事実だけを」
それでいい。
最初から、そのつもりだった。
定刻。
俺は、席に着く。
ざわめきが一瞬だけ走り、
すぐに静まる。
誰も、俺を英雄として見ていない。
かといって、敵としても見ていない。
――期待だ。
その視線が、一番重い。
俺は、ゆっくり口を開いた。
「まず、はっきりさせます」
一拍。
「俺は、
境界域を安定させる装置ではありません」
空気が、固まる。
「俺が同行しても」
「被害が出る時は出ます」
「俺がいなくても」
「守れる場所はあります」
事実だけを並べる。
「だから」
「俺の同行を前提にした判断を、やめてください」
誰かが、息を呑む音がした。
俺は、続ける。
「俺が前に出た理由は、一つです」
「守るためじゃない」
「救うためでもない」
少しだけ、間を置く。
「俺を、使わせないためです」
ざわめきが広がる。
否定でも、怒りでもない。
理解が追いつかない音だ。
「俺を基準にすれば」
「判断は楽になります」
「でも、その楽は」
「必ず、次の破綻を生みます」
ミレイアが、静かに補足する。
「今後、ノア・エルディンの同行は」
「作戦判断において、考慮要素から外されます」
「違反した場合」
「責任は、判断者が負います」
はっきりした線引きだった。
代表者の一人が、恐る恐る聞く。
「……それで、被害が出たら?」
俺は、視線を向ける。
「出ます」
即答だった。
「今までも出ていました」
「これからも、ゼロにはなりません」
会場が、静まり返る。
きれいな答えじゃない。
安心できる言葉でもない。
でも。
「それでも」
「判断は、あなたたちのものです」
「俺に預けないでください」
それが、俺の結論だった。
会見は、十分もかからずに終わった。
拍手はない。
罵声もない。
ただ、重たい沈黙だけが残った。
廊下に出ると、
管理担当の女性が、小さく息を吐いた。
「……怖かった?」
「少し」
正直に答える。
「でも」
「言わない方が、もっと怖かったです」
アレクが、短く言う。
「これで、戻れなくなったな」
「ええ」
ミレイアが、淡々と続ける。
「ですが」
「これで、責任の所在は明確になります」
俺は、歩き出す。
前に出た。
だが、主役になるためじゃない。
使われないために、
一度だけ、前に立った。
それだけで、
世界が変わるとは思わない。
それでも。
少なくとも、
俺を“便利な理由”には、
もうできなくなったはずだ。
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