第53話 例外の提案
臨時会議は、そのまま続行された。
境界域Dの被害報告が一段落し、
次に議題に上がったのは――
これまで、誰も正面から口にしなかった話だった。
アレクが、机の上に新しい資料を置く。
「非公式の提案だ」
「記録には残らない」
その前置きだけで、
場の空気が変わる。
調停局の男が、低く言った。
「……聞こう」
アレクは、淡々と続ける。
「今後、同時多発が常態化した場合」
「現行の運用では、対応が追いつかない」
「そこで」
一拍置く。
「ノア・エルディンに、判断参加を要請する案が出ている」
完全に、予想通りだった。
それでも、
実際に言葉として出されると、
重みが違う。
「判断参加?」
隊長が確認する。
「どこに配置するか」
「どの地点を優先するか」
「最低限、その助言をもらう」
助言。
そう言い換えているが、
実質は――
(……責任の一部を、
俺に渡すってことだ)
管理担当の女性が、即座に反応した。
「それは、条件違反よ」
「分かっている」
アレクは、否定しない。
「だから“例外”だ」
その言葉に、
俺は、はっきりと理解した。
例外。
それは、一度作れば終わりだ。
一度でも受け入れれば、
次からは“前例”になる。
調停局の男が、俺を見る。
「……君の意思を聞かせてくれ」
「強制ではない」
視線が集まる。
だが、圧はない。
逃げ道は、残されている。
俺は、少し考えてから答えた。
「拒否します」
即答ではなかったが、
迷いもなかった。
部屋が、静まる。
アレクは、表情を変えずに言った。
「理由は?」
「簡単です」
俺は、落ち着いた声で続ける。
「判断に関わった瞬間」
「俺は“置かれる側”じゃなくなる」
「使う側になって」
「その結果を、引き受けることになる」
それは、
今まで避け続けてきた立場だ。
「それは、俺の条件じゃない」
管理担当の女性が、静かに頷く。
調停局の男は、
深く息を吐いた。
「……そうだな」
誰も、反論しなかった。
だが。
アレクが、少しだけ声を落とす。
「では、代案はあるか」
その問いは、
責めではない。
本気の問いだった。
俺は、少しだけ視線を下げ、
そして言った。
「あります」
全員が、こちらを見る。
「ただし」
一拍置く。
「それは、
“俺を前に出す案”じゃない」
「むしろ――」
言葉を選ぶ。
「俺を、
基準から外す案です」
一瞬、
誰も理解できなかった。
アレクが、眉を動かす。
「……それは、
具体的には?」
俺は、まだ答えない。
「次の会議で話します」
「今は、整理が必要です」
調停局の男が、
俺をじっと見てから言った。
「分かった」
「無理はさせない」
「だが、時間はない」
それは、事実だった。
同時多発は、もう起きている。
次も、遠くない。
会議が終わり、
廊下に出る。
管理担当の女性が、
小さく言った。
「……逃げなかったわね」
「逃げてはいません」
俺は、静かに答える。
「ただ」
「使われない方法を、考えているだけです」
その夜。
部屋で一人、
地図を広げる。
点と線。
配置と距離。
どこに置くか、ではない。
どう扱われないか。
それを考えるのは、
初めてだった。
だが、確信している。
このままでは、
世界は俺を“例外”にする。
それだけは、
絶対に受け入れられなかった。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




