第45話 それでも名前は広がる
変化は、静かに進んでいた。
管理施設の外。
俺の知らない場所で。
朝の巡回任務から戻ると、端末に複数の閲覧通知が入っていた。
地方紙。
民間の情報誌。
個人が運営する掲示板。
どれも、同じ話題を扱っている。
> 「境界域の安定と、特定条件の関係性について」
条件。
そう表現されている記事もあった。
名前は、出ていない。
だが、書き方はほぼ同じだ。
> 「同行した場合のみ被害が抑えられている」
> 「偶然にしては再現性が高い」
事実だけを並べている。
評価も、断定もない。
それなのに。
(……もう、分かる人には分かるな)
昼過ぎ。
管理担当の女性が、資料を持ってきた。
「最近、問い合わせが増えている」
「問い合わせ?」
「ええ。地方から」
「“同行の予定はあるのか”って」
その言い方に、微かな疲れが混じっている。
「国家としては?」
「答えない」
「予定は未定、とだけ」
正しい対応だ。
だが、それで終わらないのが、世間だった。
夕方。
訓練場の外で、見知らぬ声が聞こえた。
「次は、あの人が来るらしいぞ」
「だったら、ここは大丈夫だ」
確信めいた言い方。
期待と安心が、無自覚に混ざっている。
俺は、その場を通り過ぎる。
声の主たちは、俺に気づいていない。
それでも、名前だけはそこにあった。
夜。
管理施設の屋上に出る。
境界域の方角に、淡い光が見える。
異常ではない。
ただの魔力反射だ。
(……俺がいない場所は、
不安で)
(……俺がいる場所は、
安全だと思われてる)
その二分が、はっきりしてきた。
管理担当の女性が、屋上に来た。
「疲れた?」
「少し」
正直に答える。
「あなた、何も間違ってない」
彼女は、何度目か分からない言葉を繰り返す。
「国家も、そう判断してる」
「……でも」
俺は、夜空を見たまま言った。
「世界は、国家ほど慎重じゃないですね」
彼女は、否定しなかった。
「噂は、便利なの」
「希望にも、不安にもなる」
一拍置いて、続ける。
「一度、便利になったものは」
「簡単には手放されない」
その言葉が、胸に残る。
部屋に戻ると、端末に新しい通知が届いていた。
> 「次の異常、
> あの人は来るのか?」
誰が送ったのか、分からない。
公式なものでもない。
ただの、問いかけ。
俺は、返信しない。
できない。
条件は、まだ守られている。
国家も、約束を破っていない。
それでも。
名前は、もう戻らない。
俺が動かなくても、
世界は勝手に、
俺を前提にし始めていた。
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