第43話 善意の空回り
地方自治体の判断は、迅速だった。
だからこそ、問題になった。
境界域Bの被害から三日後。
王都から少し離れた街で、小規模な魔力異常が観測された。
危険度は低。
本来なら、即時避難までは必要ない。
だが――
「ノア殿が来る予定だそうだ」
その一言が、判断を歪めた。
自治体の会議室。
壁に貼られた地図の前で、担当官が言った。
「前回は同時発生だった」
「今回は単独だ。余裕はある」
「ノア殿が同行するなら、急がなくても問題ないだろう」
誰も反論しなかった。
その名前が、すでに“安全の根拠”になっていたからだ。
結果として、避難指示は半日遅れた。
異常は、想定より早く拡大した。
魔獣の出現数も、予測を上回った。
死者は出なかった。
だが、負傷者は増え、街の一角が焼けた。
その頃。
管理施設では、緊急報告が上がっていた。
「……なぜ、避難が遅れた?」
調停局の男の声は低い。
報告官が、言いにくそうに答える。
「自治体判断です」
「ノア・エルディンが来る前提で……」
その瞬間、空気が凍った。
「名前を使うなと言ったはずだ」
静かな声だった。
だが、怒気は隠されていない。
「彼は保証ではない」
「安全装置でもない」
報告官は、深く頭を下げる。
「善意でした」
「分かっている」
だからこそ、問題だった。
同じ頃。
俺は、その件を“結果報告”として知った。
被害概要。
判断経緯。
自治体の見解。
どこにも、俺の責任とは書かれていない。
それでも。
(……俺の名前が、判断材料に入ってる)
管理担当の女性が、硬い表情で言う。
「国家は、自治体を厳重注意した」
「再発防止も通達済み」
「俺は?」
「何も」
「あなたは、関係ない」
それが公式見解だ。
だが、現場は違う。
報告書の片隅に、こんな一文があった。
> 「ノア殿が到着していれば、状況は違った可能性がある」
仮定。
ただの可能性。
だが、それで十分だった。
夜。
施設の外から、ざわめきが聞こえる。
「次は、来てくれるんだよな」
「今度こそ、間に合うだろ」
俺の知らない場所で、
俺のいない前提が、
俺の名前で補強されていく。
まだ、責められてはいない。
だが。
善意は、すでに一線を越え始めていた。
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