第41話 基準が、二つになった
異常発生の報は、
ほぼ同時に二つ届いた。
「境界域A、
魔力流の乱れを確認」
続けて。
「境界域B、
同様の兆候あり」
管理施設の管制室が、
一瞬ざわつく。
俺は、
その中央に立っていた。
(……同時、か)
珍しいことではない。
だが、
今までは“片方ずつ”だった。
「ノア」
隊長が、
短く呼ぶ。
「Aに向かう」
「了解しました」
即答する。
Bについては、
何も言われない。
それが、
答えだった。
馬車が走る。
境界域Aは、
これまで何度も通った場所だ。
空気は、
やや重いが――
乱れてはいない。
(……保ってるな)
斥候役が、
低く報告する。
「魔獣反応、
弱い」
「散発的だが、
収束傾向」
隊長は、
何も言わず進軍を指示する。
数分後。
魔力の流れが、
明らかに安定した。
「……落ち着いたな」
副官が、
ぽつりと言う。
「ノア、
体調は?」
「問題ありません」
それ以上、
確認はない。
A地点は、
無事に収束した。
交戦なし。
負傷者なし。
予定通りすぎる結果だった。
だが。
帰路の途中で、
通信が入る。
『境界域B、
小規模被害を確認』
『住居損壊、
負傷者数名』
隊列が、
一瞬だけ静まった。
誰も、
俺を見ない。
それが、
余計に重い。
「……想定内だ」
隊長が、
淡々と言う。
「同時発生だ。
対応が遅れた」
言葉は、
正しい。
だが、
どこか歯切れが悪い。
副官が、
苦笑交じりに言った。
「分身できれば、
よかったんですがね」
冗談だ。
場を和ませるための、
軽口。
だが。
誰も、
笑わなかった。
管理施設に戻る。
報告書には、
こう書かれた。
境界域A:安定
境界域B:対応遅延による被害
俺の名前は、
どこにも書かれていない。
だが。
頭の中では、
はっきり並んでしまう。
A=俺がいた
B=俺がいなかった
(……まあ、
そうなるよな)
感情は、
不思議と動かない。
事実として、
受け取るだけだ。
夕方。
管理担当の女性が、
状況説明に来た。
「今日は、
お疲れさま」
「……Bの方、
被害が出たそうですね」
「ええ」
彼女は、
一切言い訳をしない。
「あなたのせいじゃない」
それも、
即座に言う。
「同時発生は、
想定されていなかった」
「対応は、
規定通り」
正論だ。
正論すぎて、
言葉が続かない。
「……俺、
どうするべきでした?」
少し考えてから、
聞いてみる。
彼女は、
首を振った。
「何も」
「あなたは、
Aにいた」
「それだけ」
それで話は終わった。
夜。
部屋で、
簡単な報告書を読む。
B地点の記録。
被害は小さい。
死者はいない。
それでも、
行間が重い。
(……基準が、
二つになったな)
俺がいる場所。
俺がいない場所。
世界は、
もうその区別を
覚え始めている。
それが、
良いことなのか。
悪いことなのか。
今は、
まだ分からない。
だが。
同時には、
応えられない。
その事実だけは、
はっきりしていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




