第29話 戻っただけで収まるなら、それは偶然と呼ぶしかない
その夜、
俺は管理施設の応接室に呼ばれていた。
向かいに座っているのは、
今日の隊長。
壁際には、
生活管理担当の女性。
空気は、
張りつめている。
「まず、
確認させてくれ」
隊長が、
静かに口を開く。
「今日の任務中、
お前は――」
「分岐点から、
一歩も動いていないな」
「はい」
即答する。
事実だ。
「魔力行使は?」
「していません」
「異変を感じたか」
少しだけ、
考える。
「……空気が、
変わった気はしました」
「どんな?」
「言語化できません」
正直に答える。
隊長は、
視線を伏せた。
「そうか」
それ以上、
深掘りはしない。
代わりに、
記録を机に置く。
「魔獣発生の時刻」
「お前が分岐点に残ってから、
三分後だ」
俺は、
黙って聞く。
「数は想定より多い」
「だが、
行動は統一されていなかった」
「……まるで、
急に“放たれた”ようだった」
その表現に、
管理担当の女性が
微かに眉を動かした。
「そして」
隊長は続ける。
「撤退途中、
ある地点から先で――」
「魔獣は、
一体も追ってこなかった」
「……戻ったから、
ですか」
思わず、
口に出た。
場の空気が、
一瞬だけ凍る。
隊長は、
すぐに首を振った。
「いや」
「そう“考える”には、
根拠が足りない」
そう言いながらも、
その声は硬い。
「だが」
一拍。
「“偶然”と片付けるには、
都合が良すぎる」
管理担当の女性が、
初めて口を開いた。
「……配置を戻したら?」
隊長が、
彼女を見る。
「次の任務で」
「彼を、
最初から同行させる」
「途中で離さない」
俺は、
思わず聞き返した。
「それ、
俺が必要ってことですか」
隊長は、
即答しなかった。
「……“必要かどうか”を
確認する」
その言い方は、
正直だった。
「危険が増すなら、
即中止する」
「減るなら――」
言葉を、
途中で切る。
「……報告する」
それ以上は、
言わなかった。
管理担当の女性が、
こちらを見る。
「ノア」
「はい」
「次の任務は、
拒否できる」
そう言いながら。
「ただし、
拒否した場合は
別の形で管理が強まる」
選択肢はある。
だが、
実質一つだ。
(……まあ、
そうなるよな)
「受けます」
短く答える。
納得はしていない。
だが、
逆らう気もない。
話は、
それで終わった。
部屋を出る時、
隊長が背中越しに言った。
「……お前は、
何者だ?」
俺は、
足を止めずに答える。
「無能扱いされてた
学生です」
隊長は、
小さく笑った。
「……そうだな」
だが、
その笑いには
納得が含まれていなかった。
その夜。
俺は、
ベッドに横になりながら思う。
(戻っただけで、
収まるなら)
(それは、
偶然と呼ぶしかない)
そうでなければ、
面倒すぎる。
だが。
“偶然”という言葉が、
一番信用されていないのは――
この施設の中だった。
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