第18話 誰も怪我はしなかった――それでも戻れなくなった
第一区画は、
思った以上に広かった。
天井は高く、
中央に、かつて監視用だったと思われる
魔力制御柱が残っている。
「……意外と、ちゃんとした施設だな」
候補生の一人が、感心したように言った。
「本当に、
なんで放棄されたんだ?」
副教官は、
柱の基部を確認しながら答える。
「記録では、
内部魔力の乱流が原因とされている」
「乱流って……
もう収まってるように見えますけど」
――見える、だけだ。
俺は、
柱の影に伸びる“歪み”を見ていた。
魔力が、
そこだけ妙に薄い。
(……抜けてる)
吸われた、というより、
流れていった痕だ。
候補生の一人が、
柱に近づいた。
「これ、
触っても大丈夫ですか?」
「待て」
副教官が制止する。
だが――
その瞬間。
床が、
ごく小さく鳴った。
ミシッ。
音は小さい。
だが、
この場所では十分すぎる。
「――止まれ!」
副教官の声。
候補生は、
反射的に動きを止めた。
次の瞬間。
柱の基部から、
淡い光が走る。
魔力の偏流。
目に見えるほど、
空気が揺れた。
「……っ!」
誰かが、息を呑む。
(――まずい)
確証はない。
でも、
この揺れ方は――
(このまま広がる)
俺は、
反射的に足を踏み出した。
前には出ない。
声も出さない。
ただ、
床に落ちていた金属片を
蹴り飛ばした。
知道外れな行動。
だが。
金属片が、
揺れの中心を横切った瞬間。
魔力の流れが、
一瞬だけ“散った”。
柱の光が、
ふっと消える。
沈黙。
誰も、
何が起きたのか分からない。
「……止まった?」
候補生の一人が、
恐る恐る言った。
副教官が、
即座に指示を出す。
「全員、
その場から動くな!」
「床を踏むな!
今の位置を維持!」
指示が飛ぶ。
全員が従う。
数秒。
数十秒。
何も起きない。
「……」
副教官が、
ゆっくりと息を吐いた。
「……撤退する」
即断だった。
「これ以上の調査は、
危険だ」
誰も反論しなかった。
だが――
「……副教官」
勘のいい候補生が、
端末を見て呟く。
「外部との通信、
不安定です」
「何?」
「途切れはしませんが、
出力が落ちています」
副教官の顔が、
わずかに険しくなる。
「確認する」
通信具を操作する。
……反応が遅い。
(……ああ)
(今ので、
“何か”が切り替わったな)
副教官は、
短く舌打ちした。
「――戻る」
「だが、
来たルートは使うな」
「床が不安定だ」
判断は正しい。
だが。
それは同時に――
最短ルートの放棄を意味していた。
迂回ルート。
未知の通路。
候補生たちの顔に、
初めて緊張が浮かぶ。
「……遠回り、ですか」
「仕方ない」
副教官は、
はっきりと言った。
「今は、
安全を優先する」
俺は、
最後尾でそのやり取りを聞きながら、
金属片が転がった先を見ていた。
(……偶然だ)
(あれは、
たまたま目についただけ)
そう思う。
そういうことにしておく。
無能の雑用が、
何かを“やった”ことにされるのは、
一番面倒だ。
隊列が、
新しい通路へ向かう。
背後で、
ごく小さく、
何かが閉じる音がした。
振り返ったが、
もう暗くて分からない。
(……戻れなくなったな)
口には出さない。
誰も怪我はしていない。
誰も失敗していない。
それでも。
この任務は、
もう「調査」じゃなくなった。
俺は、
その事実だけを胸にしまい、
無言で一行の後を追った。
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