第17話 それでも進むと決めたのは、俺たち自身だった
旧監視施設の内部は、
外観よりも状態が良かった。
壁の崩れは限定的で、
床も踏み抜けそうな箇所は少ない。
「……拍子抜けだな」
候補生の一人が、そう呟く。
「これなら、
さっさと確認して戻れそうだ」
副教官は、周囲を見回しながら頷いた。
「内部構造は、
記録どおりだ」
その言葉で、
隊の緊張が一段階落ちる。
俺は、最後尾で荷物を背負い直しながら、
床と壁の境目を見ていた。
――擦れている。
人や獣の動線じゃない。
もっと、
“内側から撫でられた”ような跡。
(……まだ、確証がない)
この時点で言えることは、
それだけだ。
そして、
確証がない以上――言えない。
(間違ってたら、
俺が責任を取ることになる)
無能の雑用が、
責任を取れる立場じゃない。
少し進んだところで、
候補生の一人が足を止めた。
――違和感を覚えていた、生徒だ。
「……副教官」
声は小さいが、真剣だ。
「一度、
ここで引き返す判断は――」
空気が、止まった。
「どういう意味だ」
「測定値が、
安定していません」
端末を示す。
「誤差の範囲ですが……
“揺れ方”が、
ちょっと嫌です」
何人かが顔を見合わせる。
「考えすぎだろ」
「外だぞ?
多少のブレはある」
副教官は、すぐに否定しなかった。
――それが、重要だった。
「……確かに、
記録より劣化は進んでいる」
副教官は、施設の奥を見る。
「引き返す、
という選択肢も――」
その言葉に、
別の候補生が声を上げた。
「でも、
まだ何も起きてませんよね」
「ここまで来て、
何も確認せず戻るんですか?」
「危険度は低、
そう聞いてます」
空気が、
少しずつ“前”に傾く。
副教官は、黙り込んだ。
判断を迫られている。
俺は、
そのやり取りを後ろから見ていた。
(……言える材料は、ない)
違和感はある。
嫌な感じもする。
でも、
「だから戻るべきだ」と言えるほどの
根拠はない。
(今、口を出せば――
ただの怖がりか、
混乱要員だ)
俺は、
何も言わなかった。
やがて、副教官が言う。
「……分かった」
「内部の、
第一区画まで確認する」
「異常があれば、
即撤退だ」
候補生たちが、
ほっとしたように息を吐く。
「ほら、
大丈夫だって」
「慎重すぎだよ」
勘のいい生徒は、
それ以上何も言わなかった。
だが、
表情は硬いままだ。
隊列が、
再び動き出す。
俺は、
一番後ろで歩きながら、
胸の奥の違和感を整理する。
(ここで戻れた)
(本当に、
戻る選択肢はあった)
それでも、
進むと決めたのは――
(俺じゃない)
(この場の、
全員だ)
施設の奥で、
風もないのに、
微かに埃が舞った。
誰も、
それに意味を見出さない。
端末が、
また短く警告音を鳴らした。
すぐに、止まる。
「……また誤作動か」
誰かが言う。
副教官は、
歩みを止めなかった。
俺は、
最後尾で、
足を止める寸前まで迷い――
結局、
前に進んだ。
(――これで)
(“何か”が起きたら)
(それは、
誰か一人のせいじゃない)
無能の雑用は、
そう思いながら、
静かに一行の後を追った。
この時点では、
まだ誰も知らなかった。
この判断が、
“最後の分岐点”だったことを。
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