第16話 それは事故でも異常でもなく、ただ「変」だった
旧監視施設へ向かう道は、
思ったよりも整っていた。
草は伸びているが、
踏み跡は残っている。
完全に放棄された場所、という感じはしない。
(……人、来てるな)
最近、というほど新しくはないが、
それでも定期的に誰かが通っている。
候補生の一人が言った。
「案外、普通だな」
「魔獣の気配も薄い」
「拍子抜けだ」
副教官は、前を向いたまま言う。
「油断するな」
だが、声の緊張は強くない。
俺は最後尾で、
足元と周囲を見比べながら歩く。
――魔力の流れが、歪んでいる。
濃いわけじゃない。
荒れているわけでもない。
ただ、
向きが揃っていない。
(……風向きが、
場所ごとに違う感じか)
普通、自然発生の魔力は
地形に沿って流れる。
だが、ここは違う。
流れが、細切れだ。
候補生の一人が、
端末を確認して首を傾げた。
「……測定値、安定しないな」
「誤差だろ」
「学園の外だし」
誰も、深く考えない。
(……誤差、ね)
俺は、歩く速度を少しだけ落とした。
副教官が、振り返る。
「どうした」
「靴紐が」
適当に答える。
「すぐ追いつきます」
副教官は、一瞬だけ俺を見たが、
それ以上は何も言わなかった。
隊列が、少し伸びる。
その隙に、
俺は足元の地面を観察する。
――削れている。
獣の爪痕とは違う。
道具でもない。
(……魔力摩耗?)
それも、
“外向き”じゃない。
内側から、
擦れたような跡。
(……何か、
ここで動いたな)
だが、
それが何かまでは分からない。
分からない以上、
言うべきじゃない。
追いつくと、
候補生たちが施設を見上げていた。
旧監視施設は、
半分ほど崩れている。
「……結構、壊れてるな」
「五年前のままか?」
副教官は首を振る。
「記録より、
劣化が進んでいる」
その言葉に、
候補生の一人が笑った。
「放置されたら、
そんなもんでしょ」
俺は、施設の壁を見た。
――魔力反応が、薄く残っている。
だが、
それは“残留”というより、
逃げ場を失った痕に近い。
(……閉じ込められた?)
いや、
考えすぎだ。
副教官が言う。
「ここで小休止する。
内部調査は、
次の段階だ」
候補生たちが、
それぞれ装備を下ろす。
俺は、荷物をまとめながら、
ふと視線を感じた。
――見られている。
振り返る。
何もいない。
森。
崩れた建物。
静寂。
(……気のせいか)
そう思うことにした。
だが。
その瞬間、
端末が短く警告音を鳴らした。
「……?」
候補生の一人が確認する。
「一瞬、
反応跳ねたな」
「すぐ戻っただろ」
「誤作動だ」
また、誤差。
俺は、
端末の表示を横目で見る。
数値は確かに、
もう正常だ。
ただ。
(……跳ね方が、
測定限界の“外”だった)
それを、
誰も気にしていない。
副教官が号令をかける。
「休憩終了。
内部に入る準備をする」
候補生たちが、
気合を入れ直す。
俺は、荷物を背負い直しながら、
胸の奥の違和感を整理する。
(事故じゃない)
(異常でもない)
(でも――
普通じゃない)
理由は分からない。
名前もつけられない。
だから、
今はまだ言わない。
無能の雑用が、
余計なことを言っても、
混乱するだけだ。
ただ一つ。
この場所は――
もう“何かが起きた後”だ。
そう感じながら、
俺は最後尾で、
施設の中へ足を踏み入れた。
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