白い結婚のちパラレルワールドのち???
最初から前世の記憶があったわけじゃない。物心がつくころ、急に思い出した。
以前の自分は黒髪で、親に捨てられ施設で育ち、学校では虐められ、何とか就職して結婚するも、今度は夫からのDVで、その挙句30代で大病にかかり死んでしまった。
だから、転生した今の私は、とっても幸せ。
男爵家の令嬢で、両親も兄弟も信じられないくらい優しい。
政略結婚だって、喜んで受け入れた。ようやくこの家や両親に恩返しができるから。
没落寸前の男爵家に資金援助をしてくれる伯爵家。
祖父の代から親交があるらしく、父が伯爵に頼み込んで纏まった縁談だ。
それに、何より政略結婚のお相手は私の初恋の人だった。
政略結婚であったとしても、私は彼を愛している。
私を愛していない彼には申し訳ないけれど、書類上の妻でいられるだけで幸せだと思っている。
結婚して2年。
18で結婚したから、今20歳。
もちろん、彼とは一度として夫婦の営みがない。
今後もきっと私たちが結ばれる日は来ないのだろう。
もう、彼から声をかけてくれることもない。彼はいつだって冷たい瞳で私を見ている。
元々は、仲のいい幼馴染だった。
私は9歳、彼は11歳だったと思う。
貴族特有のパーティーで出会い、彼は転んだ私を起こしてくれた。
芝の上だったけれど、ドレスや体が汚れてしまい、すごく恥ずかしかった。
そして彼は、私についた汚れを手で払ってくれた。
「痛いところはない? 俺はフェリオ・ロジオン。君は?」
名乗りながら、笑った顔が美しかった。
世の中にこんな美人な男の子がいるんだと驚いて、自分の名前も言えずに、ぼーっと彼を見ていた。
一目惚れだったのだと思う。
それからお友達になって、お会いする機会があるごとにお話した。
でも、数年後に会ったとき、彼の雰囲気は変わっていた。私に対して、凄くよそよそしくなっていた。
声をかけても話は弾まず、全然間が持たない。
ちなみに私にはもう1人、男の子の幼馴染がいる。
子爵令息のサニー・ユニックという子で、私とは同い年だ。
自然と彼とばかり一緒にいるようになった。なぜなら、彼は私がフェリオ様のことを好きだということを知っていたから。
彼はよく恋の相談に乗ってくれた。
そして実は、サニーも前世の記憶持ちで、辛い経験をしてきたからか、優しい性格で話しやすかった。
そんなサニーとは、今でも友達だ。
ある日、邸で部屋の隅に光る棒を見つけた。
それはキラキラとしていて、角度により消える不思議な棒だった。
棒を取ろうとしたら、なぜか吸い込まれるように、棒の中に手が入ってしまう。
棒ではなく、別次元の境目が線に見えているようだ。
別に驚きはなかった。
転生なんてものがあるのだから、更に別の次元が存在していてもおかしくはない。
興味本位で線を広げて中を覗くと、この部屋と左右対称の空間が広がっていた。
鏡?
同じ世界?
いや、パラレルワールドのようなもの?
線が分からなくならないよう、向こうの世界に入った後、そこらにあった大きいクッションを線に挟んでおいた。
部屋を見回す。
左右対称なだけで、本当に元居た部屋と全く同じだった。
それなら、もしかして、この世界にも私がいる?
フェリオ様も?
気になって、面白半分に探索してみることにした。
部屋から廊下に出ると、メイドのサナが窓を拭いている。
「レイラ様、おはようございます」
サナは私を見るなりそう言って、素早く頭を下げた。
「サナ、おはよう」
サナは顔を上げるも厳しい顔している。
普段の彼女なら、ふにゃっと笑っているはず。サナは、ほのぼのとしたなんとも可愛い女性なのだ。
私は彼女のことが大好きで、結婚するとき、彼女も一緒にこの邸に連れてきた。
「サナ、どうしたの?」
「何が、でございますか? レイラ様こそ、わたくしをじっと見たりして、何か御用なのでしょうか?」
だ、誰?
サナはこんな堅苦しい話し方をしない。
この世界のサナはなんか変だ。
「別に……」
私は慌てて歩き出す。
そして速足でそのまま歩き続け、よく前を見ていなかったから、廊下の端で誰かとぶつかってしまった。
「大丈夫?」
見上げると、フェリオ様だった。
「は、はい」
フェリオ様をまともに見るのも、会話を交わすのも久しぶりだった。
「君は、しばらく旅行に行くと言っていたはずだが?」
「え?」
あ、ああ。
そっか。
もしかして、こっちの世界の私?
「あ、えーっと、ちょっと忘れ物をしたので、戻ってきまして」
こっちの私が今どこに行っているのかも分からず、訳の分からない誤魔化し方をしてしまった。
「そうか。暫く君の顔を見ることができないと思っていたから、戻ってきてくれて嬉しいよ。君は今日も可愛いな」
フェリオ様は笑った。
「ええ!?」
私は驚いて大声を上げる。
「どうかしたか?」
どうもこうも、フェリオ様が私にそんなことを言うなんてありえない。
「こっちのフェリオ様は、もしかして、私のこと、す、す、好きなのですか?」
「こっち?」
「いえ」
私は軽く左右に首を振る。
「君のことを好きかって? 当然だろう。愛している」
フェリオ様は、再び私に美しい笑みを向けた。
笑ってくれたのは、子供のころ以来。
嬉しすぎて泣きそうだ。
「どうした? 今日の君はなんだかおかしいな」
フェリオ様が私の髪を優しく撫でる。
ああ、幸せ……。
こっちの世界のフェリオ様って、とんでもなく優しい。
「旅行には行くのか?」
フェリオ様が尋ねた。
「いえ、ここにいます」
「……そうか。では、夕食は一緒に」
「はい」
私は夢見心地で頷く。
一旦部屋に戻って幸せを噛み締めるも、フェリオ様との夕食まで特にやることはない。
私は昼食をいただき、再び邸を探索する。
庭のバラ園を歩いていると、庭師のサムが声をかけてきた。
「奥様、どちらにいかれるのです?」
「いえ、特に」
ただ気ままに歩いているだけで、行き先があるわけではない。
いつもとは反対だから、確かこの先には小さなコテージがある。
「分かっていらっしゃると思いますが、この先へは行かない方が…… 」
「え? ええ……」
どういう意味だろう?
こちらの世界では向こうと違って、危険な野生動物でもいるのだろうか?
なんだか気になる。
サムが遠くに行ったことを確認して、私はコテージの方へ進んだ。
とんでもないものを見てしまった。
コテージには確かに野生動物がいた。
まぐわっている。
1人の男と複数の女性が。
認めたくはないけれど、男はフェリオ様だった。
窓越しに目が合うと、彼は私をコテージに入れた。
「何をわざわざ見に来ている。俺のことは分かっているだろう? それとも君には覗きの趣味があるのか?」
フェリオ様を取り囲む裸の女性たちは、くすくすと笑っている。
私は霞んでいく瞳で、何も言えずに彼を見つめていた。
「頭でも打ったか? いつも俺が何を言おうとツンケンしているのに、今日は妙にしおらしかったからな」
「フェリオ様は、先程、私のことを愛しているって言ってくれました。嘘だったのですか?」
「嘘ではない。愛しているよ。俺は美しい女性なら誰でも愛している。だから、勿論君のことも愛している。何しに来たのか分からないが、見ていたって楽しくないだろう? 一緒に混ざるか?」
さすがにもう耐えられない。
書類上だけの妻で構わないと思っていたけれど、他の女性とのこんな情事を見せられて、平気ではいられない。
しかもこんなケダモノのまぐわいに混ざるか、だなんて、悪ふざけが過ぎる。
まさか、向こうの世界のフェリオ様も同じことを?
私はコテージを飛び出し、走り出した。
無意識に、いつの間にか邸の外にいた。
サニーに会いたい。
こちらのサニーも、私の相談に乗ってくれるだろうか。
「ああ、来たの」
邸を訪れた私の顔を見るなり、サニーは素っ気なくそう言った。
私は椅子に掛け、今見てきたことを彼に話した。
「分かっていたことでしょ。今更、驚くこと?」
彼はこちらを見ず、手でチェスの駒を弄っている。
「サニーも知っていたの?」
「そりゃそうでしょ。けど、俺には関係ないことだし」
「関係ないって、どうしてそんなふうに言うの? 私はこれからどうしたらいいと思う?」
「だから、俺はそんなこと知らないって」
サニーまでおかしい。
普段しないような冷たい表情で、私のことには全く関心がないようだ。
この世界のサニーは私の知っているサニーではない。
「帰ります」
私は席を立つ。
「今日はしてかないの?」
「え?」
彼は寝室がある方を指している。
「まあ、そういう気分じゃないなら、俺はどっちでもいいけど」
は?
まさか、浮気?
私まで、サニーと浮気?
もしそうなら、この世界の私も完全におかしい。
「帰ります」
私は再びそう言って、彼の邸を後にした。
この世界、何?
私は、向こうの世界のサニーがこんな人じゃないって、よく知っている。
メイドのサナだってそう。
むしろ向こうとは真逆の性格をしている。
だったらきっとフェリオ様だって。
会いたい。
会って確かめたい。
本物のフェリオ様に会いたい。
急いで邸に戻り、自室の線、あの境界線を探した。
いつの間にか、目印に挟んだクッションが抜けて、こちら側に転がっている。
キラキラの線は、とんでもなく短い。
わずか10センチほど。
どうしてこんなに短くなってしまったのだろう?
ここに来るときには、50センチくらいあったのに。
その線に何とか腕を突っ込む。
固くて縦にも横にも開かない。
線が閉じようとしている?
「フェリオ様……」
思わず彼の名を呼んでいた。
その時、向こうの空間に突っ込んでいた右手を誰かが掴んだ。
掴んだままこちらの空間に押し戻されて、逆にその誰かの手がこちらの空間に突き出る。
そしてその手が細い線を強引に広げ、私を引っ張った。
「大丈夫か?」
フェリオ様だった。
確かに彼の名を呼んだけれど……。
「どうして?」
「声が聞こえた。君は一体、どこへ行っていたんだ?」
いつの間にか、もうあのキラキラした線は消えてしまっている。
「パラレルワールドでしょうか?」
「パラレル?」
当然、フェリオ様には通じない。
「いえ」
私は小さく左右に首を振る。
「とにかく心配をかけるな」
「心配してくれたのですか?」
「当たり前だ。俺に心配されても、嬉しくはないだろうが」
「どうしてそんなことを……」
「俺は金の力でサニーから君を引き離した酷い男だ。嫌われて当然だと思っている。それでも、どこへも行かないでほしい」
フェリオ様は視線を下に移す。
「そんな……。逆では? 父に頼まれ、仕方なく私と結婚してくださったのですよね?」
「君の父君に頼まれてなどいない。金の面倒は見るから、レイラと結婚させてほしいと、俺の方から申し出た。例え嫌われていたとしても、ただ君の姿を見られるだけで幸せだから」
「何を言っているのですか? 大体、サニーから私を引き離したとはどういう意味ですか?」
「君はサニーのことが好きなのだろう?」
フェリオ様は目を細めた。
いつも見ていた冷たい表情だ。
「私が好きなのは、フェリオ様です。フェリオ様に9歳で出会って、それからずっと好きです」
「俺も同じだ。出会った時から、ずっと君が好きだ」
フェリオ様は大きく瞳を開けて、私を見つめた。
頭が追いつかない。
それは彼も同じらしい。
時差でもあるかのように、今度は瞬きを繰り返している。
「あの、フェリオ様。私のこと、大切に思ってくれていたのですね」
「ああ。好きでなければ、こんなに強引に結婚するはずがない」
「今までずっと、嫌われているから触れてくれないのだと思っていました」
「俺はただ、好きでもない男に触れられたくはないだろうと……」
彼はそこまで言って、困惑の表情を浮かべている。
「……触れてもいいのか?」
私は頷く。
「ですが、念のために確認します。フェリオ様は、複数女性とまぐわうことはありませんよね?」
「まぐわ?」
彼は私の突拍子もない言葉に、顔を赤くした。
「ごめんなさい。あの線の中で、本当に悪い夢を見ていたようです」
「おかしな夢だったようだな」
そう言って、彼は私の頬にそっと触れた。
自然と距離が近づく。
それから、私たちは初めて口づけを交わした。
結婚式は形式上、手の甲に口づけただけだったから、本当にこれが初めての口づけだった。
「勝手に思い込んで、俺はなんて馬鹿だったんだ」
彼は自嘲している。
「そんなことを言うなら、私もです」
「改めて言わせてくれ。レイラ、愛している。俺と結婚してほしい」
「はい。私もフェリオ様のことが大好きです」
私の返事に、フェリオ様は柔らかく笑った。
そして、また私も。
自然と笑みが溢れていた。
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