98 商会と交渉
夜が明けて、今日もまたクレアさんの実家商会への接触を試みる。
移動の筋肉痛が少しマシになったのを感じながら起き上がると、ふっと鼻に煙たい匂いが流れ込んできた。
「-――火事?」
思わず先に起きていたシーラに言葉を向ける。
「いえ、クレア殿が宿の裏庭で焚き火をしておられます」
そう言われて外を覗いてみると、なるほどクレアさんがしゃがみ込んでいて、モクモクと盛大に煙を吹き上げている……焚き火上手く燃えないのだろうか?
そんな事を考えていると、ふっと煙にいい香りが混じっているのに気付く。どこかで嗅いだ記憶があるような……ああ、これ燻製の香りだ。
そういえば昨日会った商会の人、好物がスモークチーズだと言っていた。
クレアさんが新人時代の指導担当だったらしいので、懐かしい恩師への手土産を作っているのだろう。
……そしてそれは、交渉材料にもなる。相手の食べ物の好みなんて相当親しい仲じゃないと知らないからね。それを知っているのは、本当に商会の関係者だと示す効果があるだろう。
一石二鳥のいい手土産だと思う。
完成した燻製の一部は俺達の朝食にも提供され、スモークチーズと、魚の燻製がお皿に並んだ。
いい感じで艶のある飴色に仕上がっていて、香ばしい香りがしてとても美味しい。
特に魚の方は、ここの湖の特産だというマスみたいな魚で、元の世界のスモークサーモンを連想させる味わいだ。
思わずお酒が欲しくなってしまうが、今は子供の体なので我慢である……。
美味しいと褒めるとクレアさんも喜んでくれ、『この魚の燻製は弟の好物だったのです』と懐かしそうに、穏やかな表情で教えてくれた。
どうやらこちらは弟さんへの手土産らしい。
今この街は景気も治安も悪く、湖で獲れる魚だけは流通があるみたいだけど、手間をかけた燻製とかは出回ってなさそうなので喜ばれるだろう。
クレアさんによると、魚は朝早くから市場を回って手に入れる事ができたが、チーズは手に入らず。宿の厨房に頼んで分けてもらったのだそうだ。
宿はこの辺りを行き来する人達に必要なものなので例外的に優先復興され、物の流通もあるらしい。
ある種特別区みたいな扱いだ……むしろ街の中が特別冷遇されているのかもしれないけどね。
そんな訳で、朝食を終えた俺達は今日も商会の人と交渉するべく、たまご亭に向かう。
同じ手順で裏口から中に入れてもらうと、シーラが小声で(奥の部屋に人の気配がします。おそらく五人)と教えてくれた。
多分様子を見に来ただけで襲われる事はない……と思うけど、一応警戒しつつ、昨日同様テーブルにつく。お茶を出してくれたので、とりあえず嫌われてはいないと思う。
「これ、お土産です。お好きだと聞いたので」
そう言って紙に包んだスモークチーズを、わざとそれと分かるように開いた状態で出す。
たしかランジアという名前らしいおじさんは驚きの表情を浮かべ、視線を仮面の人。クレアさんに向ける。
俺とシーラに見覚えがない以上、自分の事を知っている匿名の商会関係者はこの仮面の人って事になるもんね。
だけどクレアさんはじっと姿勢を正したまま、言葉を発する事もない。
正体を明かすにしても、なるべく人数を少なく。できれば現商会長であるはずの弟さん一人にしたいというのがクレアさんの希望だ。
そこには、今の商会の団結を乱したくないという思いもあるらしい。
自分が戻ったら商会長に推す動きが出てくるだろうから、弟の邪魔になりたくないという考えらしい。
なので俺が、先制して言葉を発する。
「こちらの希望としては商会長殿と会って話をしたいのですが、お許し願えませんか?」
「――昨日報告と相談をしたが、資金援助には感謝するものの名を名乗れないというのはいかにも怪しい。今のままでは信用する事ができないというのが結論だ」
うん、この反応はクレアさんの見立て通り。
「商会長殿には事情を話すという事で、会わせて頂けませんか?」
「……実は今日ここに来ておられる。武器を全部この部屋に置いて、危険な物を持っていないか調べた上でなら会わせよう」
おお、さすが商人話が速い。だけど……。
「武装解除は構いませんが、商会長殿お一人だけと会いたいのです。そのように取り計らって頂く事はできませんか?」
「それはできない。そこまで君達を信用できない」
「もし俺達が商会長殿を害する気なら、密かに部隊を連れて来ていて、ここにいると分かった時点で襲わせていますよ」
「そこはこちらも警戒している。建物の周囲を見張らせて、危険がないと報告が入ったから商会長がいる事を話したのだ」
おおう、やっぱりガッツリ警戒されてるんだね。
この用心深さを見るに、クレアさんの予想通り帝国と敵対する気なのだろう。
そしてこの展開も大体クレアさんの想定通りである。さすが元商会の跡継ぎ。
「わかりました、では武装解除と身体検査後商会長殿に会わせてください」
「わかった」
そう答えてランジアさんが合図をすると、奥の扉から若い女の人と中年くらいのおばさんが入ってくる。
商会長の護衛も兼ねて来ているのだろうから男の人かと思ったけど、若い男の人は戦いで死んでしまったのかもしれないね……。
ちょっと悲しい気持ちになりながら武器をテーブルの上に置き、一人ずつ身体検査を受ける。
……俺とクレアさんは護身用兼普段使いの短剣一本だけだけど、シーラはメインの槍の他、ショートソード一本に短剣三本、投擲用のダーツみたいなの六本、果てはブーツまで脱ぎはじめた。
仕込みナイフがついているみたいだけど、歩く武器庫みたいだね。『これも武器に含みますか?』と言って、鉄製の指輪を繋いだようなもの……元の世界で言うメリケンサックまで出てくるに至って、さすがのクレアさんもちょっと引いていた。
当然ランジアさんと女性二人はドン引きで、ちょっと脅えながらシーラの身体検査をやっていた。
俺とクレアさんも順に確認されたが、財布の中まで調べられるような事はなく、ある程度の信用を感じられる検査だった。
クレアさんの仮面がいきなり剥ぎ取られたりしないようにだけは警戒していたけど、そんな事も起きず。わりと穏当に検査は終了して、隣室に案内される。
――扉をくぐると、そこは大きな部屋……だったのだろう場所。半分くらい崩れていて、奥には外の景色が見えた。
クレアさんにとっては懐かしい場所なのか、ゆっくり周囲を見回していたけど、ややあって視線が奥の一点でピタリと止まる。
そこには、俺達から10メートル近い距離をとって、三人の男女が立っていた。
真ん中に若い男の人で、右に老人。左におばちゃん。
多分だけど、真ん中の若い男の人がクレアさんの弟で、現商会長なのだろう。さすが美人なクレアさんの弟だけあって、中々の美青年である。
じっと俺達を見つめる視線は、警戒7割に興味3割くらいだろうか? そして表情は厳しい……まだ若い青年だけど、戦いに敗れて両親を殺され、仲間の商会員達も大勢殺されて街を焼かれと、修羅場をくぐってきたからだろうね……。
俺の隣にいるクレアさんは仮面で表情こそ見えないが、ギュッと握られた手がプルプル震えている。
両親を失い、若くして商会を継ぎ、従業員達の人生を預かる重責を背負った弟。本当は今すぐにでも駆け寄って、抱きしめてあげたいだろう。
――それが叶うかどうかは、これからの交渉次第だ。
俺は責任の重大さを実感しつつ、ゆっくりと口を開くのだった……。
帝国暦165年6月24日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・194万ダルナ(-2万)追加で1600万入る予定 ※800万ダルナは馬4頭を借りた預かり金で、返却時に大半は返還される予定
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2330万ダルナ@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×30
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者)




