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97 嘘をつこう

 壊滅してしまったクレアさんの実家の商会。


 その生き残りと接触した後、宿に戻って会議を開く。


 部屋に入ってようやく仮面を取ったクレアさんの目元には、涙が流れた痕があった……。


「クレアさん、ご両親の事。お悔やみ申し上げます」


「いえ、知れてよかったです……それに、弟の消息については触れられませんでした」


「そうですね。一緒に死んでいたら話してくれたはずなので、生きている可能性が高いと思います。明日以降接触を試みましょう。


 それに当たっての相談ですが、今日会ったあのおじさん、知り合いだったりしますか?」


「はい、よく知っています。名前は『ランジア』、歳下の妻がいて子供は三人。好きな食べ物はスモークチーズ、苦手な食べ物はエビ。商会では若手の教育を担当していて、私も見習い時代に世話になりました……」


 おおう、ホントによく知ってるな。


 そして指導担当だったのか。ずっとなにかを言いたそうにプルプルしていたのもうなずける。懐かしい、思い出の人だったんだね……。


「そうですか……負傷していたのは残念ですね」


「はい……ですが、状況を考えれば命があるだけマシかもしれません」


 ――そう言うクレアさんの瞳には、悲しみと共に強い意思の光が。復讐の感情がはっきりと宿っている。


 絶望して生きる気力をなくすよりは断然いいんだけど、悲しくもあるよね……この辺は孤児の子達も一緒だけどさ。


「ではこれからの話ですが、まずは商会の生き残りの人達が集まっている目的についてです。


 それでこちらの対応も変わるのですが、協力して助け合い、商会の再興を目指しているのか。あるいは帝国への復讐を意図しているのか。クレアさんはどちらだと思いますか?」


「どちらも平行して進めていると思いますが、本部がこの街に留まっているなら復讐に重きを、他所の街に移っているなら再興に重きを置いているでしょう。


 私個人の感覚ですと、まず間違いなくこの街に留まって復讐を企図きとしているはずです。商会員達の事はよく知っていますが、家族や仲間を殺されて街を焼かれ、それで黙っている者達だとは思えません」


「ですが強硬派の人達は街を守って戦い、生き残っているのは穏健派の人達だという可能性はありませんか?」


「それは考えにくいですね。戦う前には抗戦派と降伏派で意見が割れたでしょうが、一度ひとたび戦うと決まった以上は全員が団結して事に当たったはずですし、結果として親しい者を殺され、街を焼かれた後となっては、穏健派など存在しないでしょう」


「なるほど……ではその前提で交渉に当たりましょう。ですが帝国との敵対方針が強いという事は、その分警戒も強くしているはずです。今のままで、匿名の商会関係者としてどの程度関係を持てると思いますか?」


「少なくない資金を提供したので一定の信用は得ているでしょうが、秘密を共有するほどではないでしょうね。商会の関係者であれば匿名にする理由などありませんから、名乗らない時点で不審に思われます」


 だよね……だけどクレアさんには名乗れない事情がある。どうしたものか……。



「…………ねぇクレアさん、仲間に嘘をつく気はありませんか?」


 しばらく考えた末そう言葉を発すると、クレアさんの綺麗な眉がピクリと動く。


「それはどのような嘘をでしょうか?」


「クレアさんが行方不明になった理由です。オークとゴブリンにさらわれてではなく、なにか違う理由をでっち上げれば、再び商会に復帰できたりしませんかね?」


「……話としては不可能ではありませんが、説得力のある理由をつけるのは難しいでしょう。


 同行していた他の商会員は全滅し、私だけが二年以上の時間を経て戻ってくる理由など思いつきません。しかも、隊商が魔物に襲われた痕跡が確認されているはずです。


 魔物に襲われたものの奇跡的に私だけ逃げ延び、記憶喪失になってどこかに匿われていたけど最近記憶が戻ったなどと言った所で、そんな都合のいい話が信用されるはずもありません」


 うん、その話はさすがに無理があるよね。


 たしかに半端な嘘で誤魔化せる案件ではないと思うけど、それなら思いっきり大きくて壮大な嘘ならワンチャンないだろうか? クレアさんの事情が霞むようなやつ。


 あまりにも荒唐無稽こうとうむけいだと信用されないだろうから、適度に信憑性しんぴょうせいがあって壮大な嘘……一つだけ心当たりがあるんだよね。


「クレアさん、俺とシーラの身の上ですけど、元帝国人でそれなりの地位にあったとお話ししましたよね」


「はい、そううかがっております」


「実は正直に話すと、俺はアムルサール帝国の先代皇帝だったんですよ。なので、魔物に襲われていた所を亡命中の元皇帝一行に助けられ、借りを返すために秘密裏にその下で働いていた……とかなんとかで誤魔化せませんかね?


 この話なら衝撃で注意が分散するので、逆に受け入れられやすくなると思うんですけど」


「――――は!?」


 うん、そりゃそんな声出るよね。商会の人達も多分そうなるだろう。


 呆気あっけに取られている様子のクレアさんに、俺とシーラが帝国を脱出した経緯を話して聞かせる。


 さすがクレアさんは優秀な商人らしく、すぐに動揺から立ち直って真剣に話を聞いてくれた。


 大まかに話し終わった後、クレアさんはしばらく考え込んでから言葉を発する。


「……たしかに、帝国の皇帝が短期間に何度も変わっているという情報はありました。ですがそれだけで今の話を信用する事はできません。失礼ですが、なにか証拠はありますか?」


 証拠なぁ……。


 実はそこ弱い所なんだよね。


 ほとんど身一つで逃げ出したので、持ち出した物と言ったら宝石が付いた犬のぬいぐるみくらい。


 あれは逃亡生活中大いに役に立ってくれたけど、俺が元皇帝である証拠にはならないよね。


 そしてそもそも、どんな物があったら証拠になるのだろう? 代々皇帝に受け継がれる宝物とかあっても、一般の人はそれがどんな物か知らないよね?


 元の世界にも三種の神器とかあったけど、庶民の俺は40年日本国民をやっていても実物がどんな物か知らなかったし、写真もないこの世界では余計にだろう。


「……残念ですけど、明確な証拠はありません。暮らしていた後宮ハーレムの様子や見取り図とかなら書けますけど、書いた所で本当かどうかなんて分からないでしょう?」


「それで構いません。なんでもいいので、皇帝時代の事を話してください」


「はぁ……」


 クレアさんにわれるまま、久しぶりに本物の皇帝の記憶も引っ張り出してきて、あれこれと話し、訊かれた事にも分かる範囲で答える。


 と言っても基本後宮ハーレムの中だけの話だし、年に一回年初にだけはみんなの前に出て大勢の臣下から挨拶を受けていたみたいだけど、一人一人と言葉を交わす訳ではないので、名前も知らない。


『それはどんな物ですか?』『その人はどんな顔でしたか?』と訊かれて、イラストや似顔絵を描いたりもしたけど、俺の画才のなさを披露する結果にしかならなかった気がする。


 隣にいたシーラが黙って視線を逸らしたので、絵の出来栄えはお察しだ。



 夕食を挟んで延々そんな事を続け。描いた絵だけでも10枚を越えた頃、突然クレアさんが改まった調子になって言葉を発した。


「分かりました、アルサル様の言葉を信じましょう」


「――え、なんでいきなり? なにか知っている話とかありました?」


「いえ全く。ですがこれだけ話して、アルサル様の話にはどこも矛盾点や不審な所を見つける事ができませんでした」


「え、そうですかね? 自分で言うのもなんですけど、わりと返答に詰まったり『分からない』『知らない』を連発した気がするんですけど?」


「かなり仔細しさいな事まで突っ込んで質問したのに、その全てに淀みなく答えたら逆に怪しいでしょう。『知らない』と言えるのは嘘をついていない証明でもあります。


 それに私も元商人ですから、相手が嘘をついているかどうかはそれなりに分かるつもりです。なにか答えを考え出そうとする様子と、記憶を辿る様子は違いますからね」


「そうですか……でも、それにしては質問ずいぶん多かったですね」


「事が事だけに慎重を期しました。ご無礼をお許しください」


「それは大丈夫です。……で、話を戻しますけど、帝国の元皇帝の下にいたって話なら、商会の人達に信じてもらえると思います?」


「……可能性は高いと思います。特に今は帝国に対する反感が非常に高いですから、元皇帝、だけど今は反帝国というのは色々な意味で注意を引くでしょう。


 みなの興味はアルサル様が本当に元帝国皇帝なのか。そして信用していいのかという所に集中するでしょうから、私の話を混ぜ込みやすいのは確かです。


 設定などは詰めておく必要がありますし、話す場合はアルサル様の元皇帝案件も含む事になるので、最低限の人数に留め置くべきですが、それも逆に都合がいいです」


「さっきも出た商人は嘘を見抜く案件ですね。基本的には本当の事だけをしゃべるようにして、クレアさんが俺の協力者になった経緯だけ嘘をつきましょう。協力者になっているのは本当ですから、それを失踪当時からという事にする方向で」


「はい……ありがとうございます……」


 なぜかお礼を言われた? いや、なぜかじゃないかな。一部とはいえ、再び商会の人と接点を持つ可能性が開けた。その事に関するお礼だろう。



 その日は夜遅くまで話し合い。クレアさんの設定や交渉に当たって俺の現有戦力の確認。明日の対応までを相談し、疲れ切った所で眠りにつく。


 色々上手く運ぶといいなと。そう念じながら……。




帝国暦165年6月23日


現時点での帝国に対する影響度……0.0%


資産

・196万ダルナ(追加で1600万入る予定) ※800万ダルナは馬4頭を借りた預かり金で、返却時に大半は返還される予定

・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2330万ダルナ@月末清算(現在5月分まで)


・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)

・エルフの傷薬×30


配下

シーラ(部下・C級冒険者)

メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)

メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)

エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)

ティアナ(エリスの協力者)

クレア(協力者・中州の拠点管理担当 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)

オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)

元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)

セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者)

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