96 商会の生き残り
クレアさんを伴って故郷の街に向かう間。色々と情報を仕入れてみる。
曰く、クレアさんのご両親は正義感と地元愛が強い人であり、領主とも懇意だったので、帝国の侵略に対して領主が戦う事を宣言したのなら、積極的に協力しただろう事は想像に難くない。
その結果として処刑されたとしてもある意味本望だったかもしれないが、弟や商会員達の事を考えると、無責任だったような気もする。
辛そうな表情をしてそう語ってくれるのを聞いていると、なんともやりきれない気持ちにさせられた……。
そんな気持ちのまま再び街に到着し。クレアさんは焼け野原になった故郷の惨状に強いショックを受けた様子だったが、気丈に足を進め。商会跡地で改めてメッセージを確認してもらう。
「……ここは以前、連絡事項を伝える掲示板が掛けてあった場所です。商会の者なら真っ先に確認するでしょうが、こんな薄い字によく気付きましたね」
「シーラは目がいいですから……それより、他に確認しておきたい所はありませんか?」
「この惨状では……あの辺りの二階に私の部屋がありましたが、もう跡形もありませんしね」
そう言って指差す先は、一階部分すら残っていない瓦礫の山だ。
クレアさんはしばらくじっと焼け跡を眺めた後、ポツリと『行きましょうか』と言葉を発した。
仮面を被っているので表情は見えないが、相当苦しいだろう。
……だけど今から行く先には、ひょっとしたら希望があるかもしれない。
そう信じて、俺達はクレアさんの案内でたまご亭へと向かう。
前回は見る機会がなかったが、街は大きな湖に面していて、綺麗な水面からは沢山の魚を見る事ができた。
俺は相変わらずの筋肉痛でシーラに背負ってもらっているので、痛みさえ気にしなければゆっくり景色を眺める事ができる。
束の間の美しい光景に心癒されながら湖沿いを進み。子供を背負った武装美人と仮面を被った怪しい人という三人組はかなり注目を浴びながら、目的地に向かう。
……治安はかなり悪いみたいだけど、俺達一行は怪しすぎて逆に絡む気にならなかったのか、何事も起きずにクレアさんが『ここです』という場所に到着した。
さすが勝手知ったる生まれ故郷だけあって、廃墟になってめぼしい目印もない街を、一切迷う事なく到着した。
到着したたまご亭は他の建物の例に漏れず、無残に焼けてしまっていたが、焼け具合としては半焼程度で、裏口の扉とその周囲はわりと健在だった。
裏口に回って『コンコンコン』と扉を叩いてみると、返事はなかったが向こうに人の気配が感じられる。
そこで合言葉を『魚料理』と言ってみると、中から鍵が外される音がし、ゆっくりと扉が開く……。
「無事でよかった、さぁ入れ」
中年のおじさんが温かい声で優しく迎えてくれ、『大変だっただろう……』と労りながら椅子を勧めてくれる……これだけでもう、仲間意識の強い、いい商会だった事が感じられるね。
「ずいぶん遅かったな。遠方に行商に行っていた組か?」
おじさんは笑顔でお茶を淹れてくれながらそう言った……が、よく見ると右足がない。おそらく戦いで負傷したのだろう。
綺麗な景色で少し癒されたのが一転。早くも気が重くなるが、クレアさんの事を思えば俺が凹んでいる場合ではない。
お茶を出してくれた男の人はテーブルを挟んだ向かいに座り、順に俺達の顔を見た後、戸惑った表情を浮かべる。
「あーすまん、誰だったかな? 他所の街の支店にいた者か?」
おじさんは俺達に見覚えがないようだが、無理もない。完全に初対面だもんね。
クレアさんはなにかを言いたそうにプルプルしているが、なんとか耐えている様子。
クレアさんが耐え切れなくなる前に、俺が言葉を発する。
「実は俺達は商会員ではないのです。手紙を届けにきました」
そう言ってクレアさんが書いた手紙を渡すと、おじさんは表情を険しくしてそれを受け取り、もう一度俺達を一瞥してから読みはじめる。
手紙の内容は大雑把に、
・この手紙を持って来た者達は信用していい
・可能な限りでいいから、そちらの状況を知らせて欲しい
・こちらは今名乗る事はできないが、他の街に拠点を作っている
・協力したいので、手助けできる事があればなんでも言って欲しい
・商会長の家族についての情報が欲しい
という事が書いてある。
こちらが名乗れない以上警戒されるだろうから、あまり多くの情報を取れるとは思っていない。とりあえず今回は接触がメインだ。
だけどクレアさん的には家族の消息はぜひとも知りたいだろうから、そこは粘るつもりでいる。
おじさんはしばらく考え込んでいたが、ややあって口を開く。
「そちらが身元を明かせないなら、こちらも状況を教える事はできない」
うんまぁ、そりゃそうだよね。予想された返答なので、ここからが交渉本番だ。
「ですがここに辿り着き、合言葉を知っていた以上、この手紙の主が商会の関係者である事はご理解頂けますよね?」
「……まぁな」
「でしたら最低限の信用は置いて頂いて、商会長の家族についての情報だけでも教えて頂けませんか? こちらからは可能な限りの協力、支援をしたいと思っていますので、なにか要望があれば言ってください」
そう言って迫ると、おじさんはじっと考え込んだあとゆっくりと口を開く。
「会長達の事は衆知の事実だから話そう。帝国軍に抵抗した領主様に協力した罪を問われ、奥様共々処刑されて、領主様方や他の幹部達と一緒に広場に首を晒された……」
――隣で、クレアさんの体がビクッと硬直したのがわかる。
処刑されたらしいという情報は聞いていても、改めて確定情報を告げられ。しかも首を晒されたなんて聞いたらショックは大きいだろう……。
クレアさんに生きる希望を繋いでもらうために、今はなるべく前向きな情報が欲しい。
「商会長には息子さんがいたと思いますが、その方は?」
「それは言えない」
お、この反応はとりあえず一緒に処刑された訳ではなさそうだ。
そして言えないという事は、無事である可能性が高い。
両親が反逆者として処刑されたのなら、息子も同罪として手配されている可能性が高いので居場所は言えないが、生きてはいると見て間違いないだろう。
とりあえずクレアさんにとってプラスの情報だ。この情報さえあれば、今すぐ絶望して生きる気力を失ってしまうような事はないだろう。
……あとは、向こうの反応を待とう。
「わかりました、では今日はこれで一旦失礼します。明日また来ますから、それまでに俺達の事を報告して手紙を見せ、対応を決めておいてください。それと、これは手紙を書いた方からです」
そう言ってテーブルに置いた皮袋には、金貨10枚1000万ダルナが入っている。
……道中、クレアさんに給料の前借りを頼まれたのだ。
通常一人一日4000ダルナを払っているけど、クレアさんにはみんなのまとめ役兼中州の拠点の管理者として、倍の8000ダルナを払っている。
しかも休みなしだから、一年で292万ダルナ。それを四年分という事で、前借りの逆利息を考慮して、1000万ダルナを今欲しいと頼まれたのだ。使い道はもちろん、実家の商会に提供するため。
帝国軍の目を盗み、地下に潜って活動をしているなら資金なんて幾らあっても困らないだろうし、資金提供をすれば俺達は信用を得る事ができる。そして、クレアさんは実家の手助けができる。みんなに利益があるからと、クレアさんが提案したのだ。
実際おじさんは袋の中を確認して驚きの表情を浮かべ、『分かった、確かに伝えておくからまた明日来てくれ』と言ったが、表情はかなり好意的だったと思う。
あとはこの報告が行った先……おそらくはクレアさんの弟の反応待ちだ。
俺達はそれで一旦席を辞し。ふらついて歩くのがやっとのクレアさんに手を貸しながら、宿へと戻る。
……まぁ、俺は重度の筋肉痛だから手を貸しているのはシーラだけどね。
俺を背負いながらクレアさんに手を貸してと、シーラは大変だ。ご迷惑おかけします……。
帝国暦165年6月23日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・196万ダルナ(-1410万)追加で1600万入る予定 ※800万ダルナは馬4頭を借りた預かり金で、返却時に大半は返還される予定
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2330万ダルナ@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×30
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当 帝国暦169年5月分まで給料前借り中)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者)




