95 商会の焼け跡
宿で一泊した翌日。もうこの街に来た目的は失われた気がするけど、一応ガラス工房があった場所と、クレアさんの実家の商会があった場所を回ってみる事にした。
まだ筋肉痛で痛い体を引きずって、まずは近い方という事でガラス工房の跡に行ってみると。そこにあったのは焼けて崩れたレンガの山で、地面に散らばった無数のガラス片だけが、そこがかつてガラス工房であった事を物語っていた。
生き残った職人さんとかいないかなと思ったけど、工房を再建しようとしている気配は全くなく。近くにいた人に訊いてみても、職人さん達がどこに行ったか知っている人はいなかった。
……ガラス工房跡をあきらめ、クレアさんの実家へ行ってみると、ここも同じく完全な焼け跡で、大きな建物や倉庫があった痕跡だけは確認できたが、今は全くの廃墟になってしまっている。
せめてクレアさんに持って帰るものはないかと、シーラと手分けして焼け跡を探してみたが、めぼしいものは略奪されたか、焼け出された人達。あるいは孤児達が回収して売ったりしたらしく、金属片一つ残っていない。
――諦めて帰ろうかなと思い始めた時、シーラが『アルサル様!』と呼ぶ声が聞こえたので行ってみると、おそらく建物の入口だったのだろう壁に、見えにくい薄い線で文字が刻んであった。
「すごいねシーラ、よく見つけたね」
「視力には自信がありますから。――それより読んでみてください」
そう言われて文字に目を走らせると、『たまご亭裏口 うんざりする』と書いてあった……なんだろうこれ?
一見ただの愚痴のようにも読めるが、燃えた時に付いたのだろう煤の上から書かれている。つまり戦いの後に書かれた訳で、それならなにか意味のある言葉。関係者へのメッセージある可能性が高い。
問題はこれの意味する所だけど……。
シーラに訊いてみてもピンとこないとの事なので、とりあえず周囲を歩き回り、片っ端から『たまご亭』の場所を聞いてみるが、全員『そんな店は知らない』と首を振るばかりだった。
隠しているのかと思って、さも俺も知っている風を装ってカマを掛けてみたりもしたが、一切反応がない。
どうやら本当にたまご亭なる店は存在していなかったようだ……となるとこれは暗号か、もしくは関係者にしか分からない内輪の隠語みたいなものだろうか?
暗号なら時間を掛ければ解読できるかも知れないけど、関係者しか知らない隠語だった場合はどうしようもないよね…………あ。
そういえば知り合いに関係者いたわ。それも思いっきり内情に詳しそうな人。
「シーラ、一旦中州の拠点に戻るよ」
「了解しました」
そう告げて急いで馬を取りに戻り、筋肉痛を我慢して再び馬上の人になる。
……道中、暗号である可能性も考えて色々検討してみたが、全然解読できなかった。
多分だけど、関係者向けの内輪ネタ説が有力だと思う。
そんな訳で、行程を急ぐ事三日半。俺達は中州の拠点に戻ってきた。
馬を近くの木に繋いで川を渡り、クレアさんの元に急ぐ。
クレアさんは息を切らせて戻ってきた俺達を見て驚いたようだったが、俺が『まずはこれをお返しします』と言って預かっていたお金を返すと、表情が凍りついた。
このお金は、『半分を調査費。半分を商会で使ってきて下さい』と言われて預かったものだ。
それをそのまま返すという事は、お金を使えなかった。つまり、商会になにか問題が起きていたという事なのだ。
頭のいいクレアさんはすぐにそこまで察したらしく、脅えた目を俺に向けて『なにがあったのですか?』と問うてくる。
「クレアさん、落ち着いて聞いてくださいね……クレアさんの故郷の街は領主が帝国の侵略に抵抗する事を選び、攻撃を受けて廃墟になってしまっていました……商会の建物は焼け、商会長はじめ幹部達は反帝国軍に協力したとして処刑されてしまったそうです」
――そう告げると、クレアさんの体がグラリと揺れ、ヒザから崩れ落ちる……シーラがとっさに支えてくれたので倒れる事は免れたが、目には深い絶望の色が浮かんでいた。
俺はクレアさんの心が折れてしまわないよう、間髪を置かずに言葉を続ける。
「商会の焼け跡で、おそらく関係者への伝言だろう言葉が書かれているのを発見しました。これ、意味分かりますか?」
そう言って、壁に彫ってあった文字を写した紙を見せる。文字の並びや配置に意味がある可能性もあるから、言葉ではなく目で見てもらう。
――その紙を見た瞬間、クレアさんの目に意思の光が戻ってくる。
「分かります! 分かりますとも! うちの商会にいた者なら全員理解できるはずです」
おお、やはり身内限定の隠語的なものだったか。
「解説していただけますか?」
「はい。たまご亭というのは、うちの商会に入った新人がまとまって住み、見習いの修行期間を過ごす寮の事です。
一階には一般向けの食堂があって、表向きの店名は『月見亭』ですが、私達はみんな『たまご亭』と呼んでいました。若い見習い達が、商会員のたまご達が集まって住む場所でしたから……」
そう言って、懐かしそうに目を細めるクレアさん。
跡取り候補筆頭の商会長の娘でも、同じように一緒に住んで修行期間を過ごしたのだろう。
そして『月見』と『たまご』の組み合わせに元の世界のうどんやそばを思い出してしまうが、こっちの世界でも月は黄色くて丸いので、卵の黄身を見て月を連想する感覚は同じだったりするのだろうか?
――思わず元の世界に意識を飛ばして俺も懐かしい気持ちになってしまったが、今はそれどころではないのを思い出し。言葉を発する。
「後半の『うんざりする』は?」
「おそらく、見習い時代の食事の事でしょう。
たまご亭は湖の畔、港のすぐ近くにあって、大量に水揚げされる魚が安く買えたので、毎日毎日魚料理ばかりでした。
見習いに支給される僅かな手当で、たまにお店に行って肉料理を食べるのが最高の楽しみとされていたくらいです」
「なるほど……という事は、そのたまご亭……月見亭の裏口に行って、合言葉として『魚料理』とか言えば、商会の生き残りの人に連絡がつく……という事でいいんですかね?」
「間違いなくそうでしょう。商会に所属していた者だけに分かる伝言ですね」
そうか……つまりあの街にはクレアさんの実家である商会の残存勢力がいて、密かに再結集を図っているという事だ。
正直すごく興味があるし、それが反帝国的な要素を持つものなら、ぜひとも関係を持っておきたい。
北の拠点に戻るのが遅れてしまうけど……もう一回行くか。
そう考えていると、クレアさんが強い目をして言葉を発した。
「アルサル様、もしもう一度戻られるのなら、私も連れて行って下さい」
「……俺は構いませんけど、クレアさんはいいんですか?」
「――顔を隠して、言葉は発しないようにしようと思います。ですから私一人では無理なのです、ぜひお供を……」
なるほど。例の仮面を被って言葉を発せずにいれば、クレアさんだと気付かれる可能性は少ないだろう。クレアって名前も偽名らしいし。
今はティアナさんが塩を運んでくる事もないので、ここの担当者がいなくても問題ない……。
「分かりました、じゃあ一緒に行きましょう。シーラ、どう行動するのが早いと思う?」
「クレア殿は馬に乗れますか?」
「一応。久しく乗っていないのでカンを取り戻すのに時間がかかるかもしれませんが」
「結構。馬二頭を連れてここに来ていますから、私とアルサル様は一頭でアルパの街に戻り、もう二頭借り出してきます。
その間にクレア殿は出立の用意を整え、もう一頭でカンを取り戻す訓練をしていてください。
今日はもう時間が遅いですから、明日の朝アルパの街に向かい、夕方には戻ってきます。出発は明後日の朝にしましょう」
「承知しました、よろしくお願いします」
そういう事で段取りは決まり、シーラとクレアさんは世話を兼ねて馬の様子を見に行った。
そして俺は少しでも筋肉痛を回復するべく。申し訳ないけど夕食だけご馳走になって、早々に横になるのだった……。
帝国暦165年6月23日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1606万ダルナ(-6万)追加で1600万入る予定 ※400万ダルナは馬を借りた預かり金で、返却時に大半は返還される予定
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2330万ダルナ@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×30
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者)




