94 廃墟の街
瓦礫の中の、屋根もない酒場。
背負われて店に入った俺は一旦全体を見回し、初老の店主らしき男の人に近い席に降ろしてもらう。
お酒は飲めないのでとりあえず料理と飲み物を注文すると、店主が向こうから話しかけてきた。
「見ない顔だな、帝国の関係者か?」
刺々しい声で、視線はシーラに向いている。武器も軽鎧もかなりいい装備なので、疑われたのだろう。
酒場の他の客からも、じろりとこちらを睨む視線を感じる……無理もないけど、帝国は相当嫌われているようだ。
そして俺達、帝国の関係者かと訊かれると元皇帝と高位貴族なのである意味すっごく関係者だけど……昔の事なので今は無関係という事にしておこう。
「いえ、私は行商人で、彼女は護衛です」
そう答えると、店主は(こんな子供が?)という表情をしたが、帝国兵じゃなければなんでもいいのか、それ以上追求してくる様子はなく。表情も少し柔らかくなって料理の準備にかかってくれる。
これ、帝国の関係者だったら料理出てこなかったんだろうね。
周りからの視線も敵意が消えたので、ここぞとばかりに情報収集にかかる。
「この街にガラス細工の工房があると聞いて来たのですが、ご存知ありませんか?」
「あー、それは無駄足だったな。戦争の前はあったけど、今じゃご覧の通り街中焼け野原で、まともな工房なんて一つも残ってねぇよ」
「街の惨状は見ましたが、再建の動きとかはないんですか?」
「全くなくはないが、この街は帝国に目をつけられているからな。帝国軍でも厄介払いされるような連中ばかりが駐留していて、税金は取るくせに見回り一つしない。
それどころかヤバイ連中とつるんで悪事に加担していやがるから治安は最悪だし、若い男は戦いでほとんど死んでしまったから人手もない。
だから再建なんて全然進まないし、ガラス工房みたいに高尚な場所は尚更だ。宿屋だけは必要らしくて再建されたが、他は酷いもんよ」
おおう……これはガラスビンの調達は無理そうだね……。
「あの、もう一つ。この街に大きな商会があったはずなんですけど、どうなったか分かりませんか?」
クレアさんの実家の事も訊いてみるが、返ってきた答えは、『店は全部焼けた。商会長を含めて幹部は帝国に歯向かう連中を支援した罪で全員処刑、資産は略奪・没収されて、跡形も残ってないよ』というものだった。
……これ、クレアさんになんて報告しよう?
家の様子を見てくるだけの、簡単なお使いのつもりだったんだけどね……。
絶望的な気分になり、口が渇いたので出された果物ジュースを一口飲むが、なんとも酷い味だった。
水で薄められているらしく味気ないし、元のジュースも傷んでいたのか、嫌な臭いがする。
固まっている俺を見てだろう、店主が言葉を発する。
「酷いもんだろう? 帝国の侵略前は王国北部で一番栄えた街だったが、これが今の状態だよ。
この街は大きな湖に面していて魚が沢山採れるから、それだけはまだマシな物が手に入るが、他はまともな食べ物さえない。
あんた行商人だと言っていたが、悪い事は言わねぇから商売なら他を当たるんだな」
――そんな話を訊いていると、突然調理場の方で『ガタン!』となにかが倒れる音がし、数人の人影が動くのが見える。
店主は反射的にサッと振り向いたが、眉根を寄せただけで動こうとはしなかった。
「様子見に行かなくていいんですか?」
「いつもの事だ。ガキ共が残飯漁りに来たんだろう。売り物に手をつけたら追い散らすが、野菜の皮や魚のアラを持って行く分には目くじら立てる事もない」
おおう……重たい話を聞いてしまった。でも実際、孤児なのだろう痩せた子供達の姿は沢山見かけたもんね。
なんとかしてあげたいし、考えようによっては反帝国軍の人材集めのチャンスなのかもしれないけど、現状この街まで勢力を伸ばすのは難しいし、何人いるか分からない孤児達を養うだけでも難しい。
痩せて弱った子供達をアルパの街まで歩かせるのは不可能だろうし、そもそもいきなり現れた俺を信用してついて来てくれるとも思えない。
……悲しいけど、今回は当初の目的を果たすのを最優先にするしかないのだろう。
一応クレアさんの実家商会があった場所を聞き、出された食事、魚の水煮のようなものを急いで口に運ぶ。
……店主は魚だけはマシな物があると言っていたが、正直あまりおいしくはない。
でもこれは魚の質と言うより、味付けの問題な気もする。
ごく薄い塩味がついているような気がしなくもない程度で、基本は水煮。しかも臭みを消す香草やお酒なども使われていないらしく、若干の臭いもある。
そういえばクレアさんも『あの街は魚料理が名物ですので、行ったらぜひ味わってみてください。オススメです』と嬉しそうに言っていたけど、それは平和な時代。まだこの街が豊かだった時代の話なんだろうね……。
悲しい気持ちになりながら料理を口に押し込み、シーラの助けを得て立ち上がる。
「アドバイスありがとうございました。じゃあ俺達はこれで失礼します、食事代幾らですか?」
「二人で銅貨16枚だ」
「はい」
俺は財布にしている皮袋から、コインを16枚取り出して店主に渡す……ただし、銅貨ではなく銀貨だ。
(おつりは子供達に食事を提供してあげて下さい)
他の人に聞かれないように小声でそっと告げ、『ごちそうさまでした』と言って店を後にする。
治安の悪いこの街で大金を持っているなんて知られたら絶対トラブルの元になるので、普通の支払いを装ってこっそりとお金を渡した。
あの店主は多分信用できる人だと思うので、俺達の情報を売ったりお金を着服したりはしないだろう……と思う。多分。
孤児、中でも浮浪児と呼ばれる境遇の子供には俺も何度か接した事があるけど、言い方が悪いけど汚いのだ。
体を洗えないから不衛生だし、臭いもする。飲食店であれば物が盗まれるとか以前の問題として、そもそも近寄って欲しくない存在なのである。
でもあの店主は、孤児達が食べ物を探しにくるのを黙認している様子だった。
そして孤児達も、店主の迷惑にならないように商品には手をつけないようにしていたっぽい。
そこには多分、無言の信頼関係みたいなものがあったのだろう。
――あくまで俺の見立てだから、俺の目が節穴だったらお金は丸損だし悪い人達に狙われるかも知れないけど……そこは自分の目を信じよう。
そんな事を考えながら、シーラの背に負われて宿への道を進んでいると、後ろから早速『わっ!』と子供達の歓声が聞こえてきた。
どうやら早くも食事が振舞われ始めたらしい。
あまり早いと俺との関係を疑われてしまいそうだから、もうちょっと待って欲しかった気はしないでもないが、店主さんとしても善は急げの気持ちだったのだろう。
だったら俺の目に狂いはなかったという事だし、子供の歓声を聞くのはこっちまで嬉しくなれていいものだ。
……とはいえ、銀貨16枚16万アストルでできる事は限定的だろう。
あの店の食事は一食800アストルだったから、200食分。
簡素化して半分の値段にしても400食分で、子供達の数によっては一人一食か、多くて二食だろう。気休めにしかならない。
やはり力が……もっと力が必要なのだと再認識させられる。
そしてその力は、シーラの望みと俺の恋路を叶えるためにも必要なものなのだ。
そんな事を考えながら、辺りが薄暗くなりはじめた道を宿へと向かい。治安の悪い街の夜なんて危ない予感しかしないので、筋肉痛に耐えながらその日は早めに眠りにつくのだった……。
帝国暦165年6月18日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1612万ダルナ(-16万)追加で1600万入る予定 ※400万ダルナは馬を借りた預かり金で、返却時に大半は返還される予定
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2330万ダルナ@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×30
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者)




