90 セファルさん家の家庭の事情
冒険者の子達が帰って来るのを待つ間、セファルさん姉弟の話を訊いてみる事にする。
エリスは夕食の用意があるのと、感動の回復報告の場面を見られて満足したのか厨房に戻っていき。部屋には俺とシーラ、セファル姉弟だけが残った。
「ええと……もし話せたらでいいんですけど、お二人の事情を聞かせて頂けますか?」
俺の言葉に、セファルさんがすぐに反応する。
「弟の命の恩人に隠し立てする事などありません。なんでもお話しします、なにをお聞きになりたいのでしょうか?」
命の恩人……くる病って死に至る病なのだろうか?
その辺はよく知らないけど、ともかくなんでも話してくれるというのはありがたい。どうやらかなりの信頼を得る事ができたようだ。
「お二人の家庭の事情をお訊きしてもいいですか? それと、今に至るまでの経緯も」
「はい……私達は元々、この街で雑貨屋を営む家に生まれました。五人兄弟で、私は長女、弟は三男です。あまり裕福ではありませんでしたが、幸せな家庭だったと思います……」
そこでセファルさんの表情が曇ったのは、幸せが壊れる日が来たからなのだろう。弟君も、辛そうに視線を下げる。
「あれは四年前。私が15歳で、弟が10歳の時でした。元々体が弱かった弟が真っ直ぐ歩けなくなり、足が変形し始めたのです」
お、歳が判明した。今はセファルさんが19歳で弟君が14歳か。セファルさんがシーラの三つ上、弟君がエリスと同い年で、俺の一つ上だ。
「最初は色々と治療を試み、医者や薬師に診せましたが改善せず、そのうち体も曲がりだしたので悪魔憑きを疑い、教会に頼んで悪魔払いもしてもらいました。
――ですがどれも効果はなく、そのうち立ち上がる事さえ難しくなり、手足や背中の歪みはますます進行しました……。
その姿は気味悪がられ。『あの家には悪魔憑きがいる』という噂が立って商売にも影響が出るに至って、両親は一つの決断をしたのです……」
ヒザの上に置かれたセファルさんの手がギュッと握られ、唇が強く噛みしめられる。
「――それは、弟を捨てるという決断でした。
治療にかかる金銭的負担、悪い噂と商売への影響、他の兄弟達の事も考えると、それしか方法がなかったのだと思います。
私もその事は、頭では理解できました……ですが感情では、到底納得できませんでした」
セファルさんの奥歯が噛み締められて『ギリッ』と音を立て、しばらくの沈黙の後、言葉が続けられる。
「立ち上がる事もできないような子をスラムに捨てたら、どうなるかなんて火を見るより明らかです。私は姉として、そんな事には到底耐えられませんでした。
だから両親に、『私も一緒に家を出る。どこかに隠れて弟の面倒を見る!』と言ったのです……。
両親だって望んで弟を捨てようとした訳ではありませんから、私の願いはすんなり聞き入れられ。可能な限りのお金も用意してくれました。
ただし、私も弟も家からは縁が切れた状態になることが条件です。悪魔憑きの子がいるという噂を消すために、仕方がない事だったのでしょう」
……ああ、これは誰が悪いと断じる事もできない、悲しい話だね。
「私は両親から貰ったお金で、先日アルサル様もいらしたあの家を借り。そこに弟を隠して面倒を見る傍ら、冒険者として働き始めました。
ですが弟の体は、それからも日を追うごとに悪くなっていったのです……」
うん……それは運が悪かったとしか言いようがない。
隠れ住むために借りた日当たりの悪い家、そこから外に出ずに隠された弟くん。
知らなかったとはいえ、どちらもくる病を悪化させてしまう対応だ。
「幸い私は冒険者としての適性があったらしく、仕事は順調でCランクまで昇級する事もできました。
ですが何日も弟の傍を離れる訳にはいかなかったので、長期の仕事を受ける事はできず。治療費を稼ぐために、ギルドを通さない危険な仕事もやりました。この傷はその時失敗して、敵に捕まってしまった時のものです」
そう言って、痛々しい傷痕のある指で顔の傷痕を撫でるセファルさん……弟君は今にも泣き出しそうだ。
そりゃあ、自分のせいでお姉ちゃんがこんな事になってしまったらね……。
「こんな顔と手……体にも傷がありますが、こんなになってしまっても一応武器を持つ事はできたので、傷が癒えた後は冒険者を続け、そんな中でシーラ様と知り合ったのです」
「私の事は今まで通り呼び捨てで構いませんよ。貴族だったのは昔の話ですし、貴女の雇い主はアルサル様なのですから、私に敬語を使う必要はありません」
横からシーラの言葉が挟まってきて、セファルさんは少し戸惑った様子を見せたが、黙って頷いた。
「では、シーラと知り合ったのはパーティーに誘われたからでした。
その時はもうこの顔でしたから、こんな女を仲間に誘おうなどと物好きがいるものだと思いましたね。
結局その時は、私が長期間街を離れられなかったので条件が合いませんでしたが、その後。オークとゴブリンの討伐クエストに共に参加した後、アルサル様もご存知の中州の隠れ家に物資を運ぶ仕事をシーラから請け負いました。
私としては、日帰りできる距離での安定した仕事で報酬もいい、ありがたい仕事でしたよ……後の事はアルサル様もご存知の通りだと思います」
「……そうですか、大変でしたね」
そんなありきたりな言葉しか出てこなかったが、セファルさんが優しくて誠実な人である事も。シーラが一目置くだけの人である事もよく理解できた。
そして改めて、この人は信用できるとの思いが強くなる。今の所、仲間になってもらっただけで関係が未確定なんだよね……。
「セファルさん、シーラの代わりに俺から仕事をお願いしたいんですけど、今までと同様、中洲との間で荷物を運んでもらえませんか?
ただしこれからは、往復で荷物を運んでもらう事になると思います。
行きは食料とか日用雑貨とかで、帰りは秘密の品……ぶっちゃけてしまうと塩になると思います。
一回で運ぶ量は日帰り往復できるくらいで構いませんし、そもそも毎日往復するほどの量はないと思いますから、晴れた日だけでいいと思います。雨の日は弟さんと一緒にいてあげて下さい。
冒険者の肩書きはそのまま維持して欲しいですが、融通が効くように国家冒険者ではなく自由冒険者になって欲しいです。その上で俺と専属契約という事で、他の仕事は受けずにこれだけに集中してもらいたいです。
あとは……ギルドを通さない依頼も受けていたみたいですけど、今進行中の案件とか、続けないといけない依頼とかありますか?」
「特にはありません。シーラから受けていた依頼がそれでしたが、なくなったようですし」
うん。実は結構前から依頼元は俺になっていたけど、そんな事はどうでもいいので正式に契約更新を目指す。
「報酬は、ここの宿泊費も込みで月に30万ダルナでどうでしょうか? 交渉可能ですから、不満だったり何か他に条件があったら言って下さい」
「いえなにも。C級冒険者の稼ぎとしては一般的な額ですし、宿代込みで仕事の内容を考えれば、貰い過ぎなくらいです。
弟を治して頂いた恩もあるのに、それ以上条件をつけるなどとんでもない事です。喜んで働かせて頂きます」
「……弟さんに関しては、治るかどうかは分かりませんよ。どこまで改善するかは未知数です」
「それでも、ここまで改善しただけで十分過ぎます」
「――わかりました、ではこの条件で。これからよろしくお願いしますね」
「はい」
そう言葉を交わして、セファルさんと正式に契約をした……と思ったのだが、しばらく雑談をして部屋を辞した後、すぐ別室に呼び出され。なにかと思っていると、いきなり床に着くほど頭を下げられた。
「先ほどは弟の手前、気を使って頂いてありがとうございました!
自分のせいで私がアルサル様の部下になると知ったら、弟はきっと責任を感じたでしょう。冒険者としての契約だと言って頂いてありがとうございました。
弟の手前では契約した冒険者ですが、この身はアルサル様の配下となって働きますので、なんでもご命令くださいませ……」
「あ、はい……」
俺としては本当に冒険者として契約したつもりだったのだが、なにやらセファルさんの中では配下になったらしい。
俺が元皇帝である事や、将来帝国と戦おうとしている事なんかを話したせいだろうか?
ともあれ、それを承知の上で配下になってくれると言うのはとてもありがたい話なので、あえて訂正はせず正式に配下になってもらう事にする。
シーラがなにやら嬉しそうにしているのも、セファルさんを仲間に加える事ができたからだろうしね。
……帝国を打倒するために、共に戦ってくれる仲間を迎えるこの瞬間は、シーラの嬉しそうな表情が見られる貴重な機会でもある。
美味しいものを食べたり、綺麗な服や宝石を見たりといった同世代の女の子が喜びそうな事には全く興味を示さないからね……。
好きな女の子に喜んでもらい、気を引く方法が帝国を……宰相を打倒するための足場固めしかないというのは、我ながらとても特殊な恋をしていると思う。
まぁそれはともかく、とりあえずアルパの街と中州の拠点の定期輸送便が確保できた。
六日に一回ティアナさんに会いにいくエリスの護衛として、メルツとララクが同行してついでに荷物も運んでくれていたけど、護衛メインなので量は限られたし、六日に一度だった。
セファルさんが毎日のように通ってくれるなら、中州から街への塩の輸送も、街で買ったクレアさん達所望の品も、スムーズに輸送できるだろう。
当面はこの宿屋の部屋を借りて倉庫にさせてもらうけど、将来的に冒険者見習いの子が増えたり、仲間が増えたりしたら手狭になりそうだから、大きな倉庫があるといいかもしれないね。
隣に帝国の侵攻とその後の不景気のせいで潰れてしまったお店が。たしか材木店だった気がするお店があるので、買い取りできたりしないだろうか?
……今は手持ちが心許ないけど、将来的にはそんな事も計画しつつ。
今は冒険者のみんなが帰ってくるのを待ちながら、エリスから会計報告などを受け。セファルさんへの給料の支払いと、引き続き弟君への特別食提供などをお願いして過ごすのだった……。
帝国暦165年6月11日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・310万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2330万ダルナ(-390万)@月末清算(現在5月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×30
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)
セファル(部下・拠点間輸送担当・C級冒険者)




