89 薬の仕入れとセファルさんの弟の経過
もはや慣れた道となりつつある大山脈を越え、ティアナさんの弟との会合ポイントへと向かう。
最近は挨拶だけで素通りする事が多かったが、塩の在庫にも余裕ができたので、今回は久しぶりの商談である。
ちなみにティアナさんからの進言を受け入れたのか、まだ移転はしていないらしい。人族の使者はあえてスルーする事で、森の中で迷わせて接触を断っているのだそうだ。
以前は塩を売りにくる商人がいたので対応していたが、最近は俺が売るようになったし、手間はかかるけど一応自給もできるそうで、必ずしも会う必要はないらしい。
大軍で攻められたらどうなるか分からないけど、今の所街でそんな気配は感じないので、大丈夫だと思う。
そんな話をし、ティアナさんが元気である事も伝えて本題に入る。
「塩の需要ってどのくらいありますかね? 傷薬を大量に欲しいんですけど、どのくらいが買い入れ上限とかってあります? あと、塩以外に欲しい物はありませんか?」
「需要は……おまえが持ってくる袋一つで20日分くらいだな。今は手間のかかる動物の骨から塩を採る作業もしているが、それをやめた場合でだ。
買い入れの上限は特に無いと思うぞ。腐る物ではないし、いくらでも保存しておけるからな。1000年分あっても困らんだろう。塩以外に必要な物は特にない」
おおう、さすがエルフ。時間の感覚が長い。
20日で一袋で1000年分と言うと、年18袋ちょっととして1万8000袋以上だ。
そんなにどこに保管するんだろうというのは置いておいて、これはもう持って来たら全部買い取ってくれる宣言だと思う。
「今は塩一袋で薬六つですけど、塩を沢山持って来たら比率下がったりします?」
「そんな事はない。塩の価値が変わる訳ではないからな。……急に沢山だと渡す薬が足りなくなるかもしれんが」
「わかりました、ではこれからなるべく多くの塩を運んできますので、薬を多く生産しておいてください」
「わかった」
そんな話をし、今回シーラがメープルシロップの他に担いできた塩四袋を渡し、傷薬24本を受け取る。
海狸族の人達に渡す分や俺達が使う分で、武器もちょっとは仕入れるかもしれないが、基本薬をメインにしたい。
エルフが作る武器は性能が高いみたいだけど、人間が作る武器もそこそこなので、値段の差を考えれば薬を仕入れる方が圧倒的にお得なのだ。
「……そういえば一つ訊きたいんですけど、傷薬以外に病気に効く薬もありますか?」
「あるにはあるが、病はそれぞれ症状に合った薬を調合するものだろう。万病に効く病薬などはないぞ」
「ああなるほど……ちなみに、背中が曲がって立って歩けなくなる病に効く薬ってあります?」
「俺は薬師ではないが、そんな病は聞いた事がないな」
そうか……もしかしたらセファルさんの弟の治療にワンチャンあるかと思ったけど、人間とエルフは罹る病気が違うんだろうね。エルフはそもそもあんまり病気しないイメージだし。
こちらは残念だけど、傷薬に関しては上々の成果が挙がった。
これからは、俺達はエルフの村に塩を運び、ティアナさんには中州の拠点に運んでもらう分担になるだろう。……あ、ティアナさんと言えば。
「もう一つお訊きしたいんですけど、甘い樹液を煮詰めて食べるのってどう思います?」
「樹液? 虫じゃあるまいし、甘い物なら干した果物でも食べればいいだろう」
「あ、はい……」
気になって訊いてみたけど、おおむねティアナさんと同じ反応が返ってきた。
どうやらティアナさん個人の好みではなく、エルフの共通見解として樹液は食べ物ではないらしい。
一つエルフに対する理解が深まった所で商談を終え、今回は直接アルパの街へと向かう。
エリスの宿屋に到着してみると、冒険者の子達はみんな護衛任務に出払っているらしく。メーアが一人で、11人の子供に読み書きを教えていた。
邪魔したら悪いのでそっと覗くだけにして、エリスに話を訊いてみると、あの子達はメルツとララクが探してきてくれた冒険者養成所の二期生達であるらしい。
そしてメルツとララクは、今も新しい生徒候補を捜索中。
熱心に働いてくれていてありがたいけど……塩の輸送どうしよう?
一応秘密の拠点だから普通の冒険者に頼む訳にもいかないし、冒険者の子達が帰ってくるまで待つしかないかなと考えていると、急に『アルサル様!』と貫くような声が聞こえてくる。
びっくりして振り向くと、そこにいたのは両目にいっぱいの涙を溜めたセファルさん……。
一瞬(もしかして――)と嫌な予感が走るが、セファルさんはその場にヒザを着くと、床に額をぶつけそうな勢いで頭を下げる。
「ありがとうございます! アルサル様のおかげで、日に日に弱っていくばかりだった弟が回復に向かっています!」
……おおう、良かった。死んでしまったのかと思った。そっちか。
あの治療が功を奏したのなら、やはり弟さんはくる病だったのだろう。元の世界知識が役に立った。
「それはなによりです、様子を見に行ってもいいですか?」
「はい」
セファルさんに案内されて、二階の一室に向かう。シーラと、エリスもついてきた。
――部屋に入ると、そこにいたのは痩せた男の子……だけど、前に見た時よりは顔色がいいし、ベッドの上で体を起こしている。
「まだ歩く事はできませんが、物に掴まれば立ち上がれるようになったのです!」
セファルさんの嬉しそうな、弾むような声。
その声に合わせるように、ベッドの上の少年も笑顔を浮かべた。
どうやら回復に向かっているらしい。良かった……。
「体を見せてもらってもいいですか?」
俺の言葉に、弟君は自分で布団をめくってくれる。
……まだ背骨は曲がっているし、手足の関節。特に足の関節は変形してしまっている。
状況を聞く限りでは回復しているようだけど、これ完治まで行くのだろうか?
「――どこまで回復するかは分かりませんが、当面は今の治療を続けて下さい。卵の殻はおいしくないかもしれませんが、薬だと思って我慢して。
様子を見ながら少しずつ歩く練習をしてもいいですが、骨が弱くなっていて転んだりするとまた状態が悪化する可能性があるので、必ずセファルさんがいて、付き添える時だけにして下さい……わかった? 約束だよ。これ以上お姉ちゃんに心配かけないようにね」
後半は特に弟くんに向けて、念を押すように言うと、神妙な表情をして頷いてくれた。
走ったり跳んだりできるようになるかは分からないけど、歩けるようになるだけでもこの先の人生が全然変わってくるだろう。
セファルさんはとても嬉しそうだし、なぜかエリスも満面の笑顔だ。エリスはホント、子供に優しいよね……って待てよ?
具体的に訊いた事はないけど、セファルさんは多分20歳近い。弟君は病気のせいで体が小さいけど、もしかしてエリスより年上だったりするのだろうか?
……そういえば、その辺の事情って全然知らないな。
どうせ冒険者の子達が帰ってくるまで塩運びはできないのだし、せっかくなので色々訊いてみよう。
そう考えて、部屋にあった椅子に腰を下ろし。みんなにも座ってもらって話を聞く事にするのだった……。
帝国暦165年6月11日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・310万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2720万ダルナ@月末清算(現在4月分まで)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×30
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)
セファル(協力者・C級冒険者)




