87 シーラの知り合い
太陽がそろそろ沈み始める頃。冒険者ギルド近くの酒場は一日で一番賑わう時間を迎える。
今日の稼ぎで飲み食いする者、数日がかりだった任務達成の打ち上げをする者、明日の日程を打ち合わせる者など、帝国の侵攻で冒険者が減ったとはいえ、結構な賑わいだ。
俺はお酒が飲めないし、食事はエリスが美味しい物を作ってくれるので来た事はないけど。シーラは冒険者をやっていた頃、反帝国軍を構成する同志を探すために何度か来た事があるらしい。
道中聞いた所、これから会うのはその頃知り合った一人。
結局一人も仲間を見つける事ができず、シーラを凹ませた仲間探しだけど、それで一番有力候補だった人であるらしい。
仲間に誘えなかった理由は、病気の弟の面倒を見ているからという、重たい事情。何日も街を離れる事はできないそうだけど、その辺の条件は応相談だ。
酒場に入ると騒々しい声が耳に入ってきて、ちょっとガラが悪そうな感じもするが、冒険者というのはこんなものだろう。
シーラに一言『彼女の顔を見ても驚かないでくださいね』と言われ、(あ、女の人なんだ)と思いながら、一番端にあるテーブルへと案内される。
「セファル、久しぶりですね」
「――ああ、シーラか。なんだ、仕事の話か?」
「そんな所です、まずは紹介したい人がいます」
そんなやり取りを経て、俺が紹介される。もちろん皇帝アムルサールではなく、行商人アルサルとして。
「はじめまして。シーラの雇い主で、アルサルと言います」
――最初横顔を見た時は普通の美人なお姉さんに見え、シーラの注意の意味が分からなかったけど、正面に回って分かった。顔の左半分。左目から頬にかけて、酷い傷痕があるのだ。
正直、シーラの警告なしで見たら思わず声が出たかもしれない。
……事前警告と前世を含めた長い人生経験のおかげで、多分表情には出なかったと思う。
平静を装って普通に挨拶をし、シーラと並んで向かいの席に座る……セファルさんの手元を見たら、指や手にも酷い傷跡があった。
これは……魔獣とかにやられた感じじゃないよね。人間に。それも悪意を持って傷つけられた感じだ。
セファルさんは俺の顔をじっと見ていたが、しばらくしてなにも言わずに視線をシーラに向け、口を開く。
「それで、今日はなんの用件だい? 場所変えるか?」
「そうですね、人に聞かれない場所がいいでしょう」
「わかった」
そう言うと、セファルさんは手にしていたジョッキの中身を一息に飲み干す……お酒かと思ったけど、この香りはレモン水とかだろうか?
セファルさんはそのままカウンターに行って店員さんと言葉を交わし、シーラが銀貨一枚を渡すと、部屋の鍵が渡された……なんか絵面が良くないな。そっち系のお店みたいだ。
実際このお店でそういうサービスをやっている可能性もあるが、今は考えない事にして二階の一室へと移動する。
ベッドが一つに小さなテーブルが一つ、椅子が二つだけの簡素な部屋。俺とセファルさんが椅子に座り、シーラは俺の斜め後ろに立つ。よくある護衛の陣形だ。
すでに外は薄暗くて部屋は暗いので、セファルさんがカウンターで貰って来た燭台付きロウソク一本がテーブルに置かれる。
店員さんに火を点けてもらっていたのは、やはり指先が不自由だったりするのだろうか?
ロウソクの火に照らされたセファルさんを改めて観察してみると、年の頃は20歳前後……多分少し若くて、18か19くらいに見える。
シーラほどではないけど、背も高めで凛々しい系のお姉さん。それも結構な美人さんだと思う。
それだけに、顔や手の痛々しい傷痕が気になるよね……。
――俺が観察をしている間に、セファルさんはシーラに向かって言葉を発する。
「それで、用件は?」
「私からは、以前からお願いしていた中州への物資輸送の終了を伝えに来ました」
シーラの言葉に、セファルさんの表情が曇る。
あの手ではできる仕事が限られそうだから、中州の拠点への荷物運びは貴重な定期収入だったのかもしれない。
この世界では忌むべき存在であるクレアさん達との関係を持ってくれていたのも、その弱味があったからなのだろうか?
……だとしたら期待外れだけど、シーラが信頼を寄せている様子なのを見ると、ただのかわいそうな人という訳でもないと思う。
――多分状況的に俺が言葉を発するターンだと思うので、意を決して口を開く。
「シーラの代わりに俺から仕事を依頼したいと思うのですが、その前にその傷の理由を訊いてもいいですか?」
俺の言葉に場がちょっとピリッとするが、セファルさんは感情の変化を見せる事なく答えてくれる。
「……以前の仕事で失敗して敵に捕まって、その時に痛めつけられた。それだけだ」
平坦で抑揚のない言葉……後ろからシーラがなにかを言いたそうにしている気配を感じるけど、言葉は発せられない。
――さてこの言葉、どう理解するべきだろう?
セファルさんは美人なので、敵に捕まって女性的な意味で乱暴された……のだとしたら、顔に傷はつけないと思う。
となると、それ以外で痛めつけると言ったら……そういう事だよね。
「わかりました。ではセファルさんを信用してお話ししますが、俺達は帝国に対する反乱を計画しています。ついては、セファルさんにも協力をお願いできませんか?
報酬はお支払いしますし、そちらの事情にも可能な限り配慮しますから」
俺の言葉に、セファルさんの表情に強い戸惑いが浮かぶ。
「どうして今の話で私を信用する気になったのです? シーラから事情を聞いていたのですか?」
「シーラからは弟さんの事情しか聞いていません。でもシーラは、セファルさんの事を信用している様子でした。
俺はシーラの人を見る眼を信頼していて、シーラが信用を置く人であるからには、その傷は単に暴行を受けたものではないでしょう? おそらくは、情報を聞き出すために拷問された、違いますか?」
「…………」
「そしてシーラが信頼を置くという事はすなわち、貴女はそれだけ拷問されてなお、情報を吐かなかったのでしょう? 俺にはその傷は、貴女が信用できる人である証に見えます」
「――――」
セファルさんの目が、じわりと涙で潤んだ……どうやら正解だったらしいので、このまま押してみよう。
「この話は信用できる貴女にだから告げますが、俺は実はアムルサール帝国の先代皇帝、シーラは伯爵家の令嬢なのです。
帝国は今宰相が実権を握っていて、俺は殺されそうだったので逃げてきました。シーラはその供をしてくれたのです。
そして先にも話した通り、俺とシーラは帝国に対する反乱を計画していて、国を奪い返す気でいます。まだ取るに足りないような勢力ですが、それでもいつかきっと国を取り返して、今よりもいい国にしたいと思っています……セファルさんも力を貸してもらえませんか?」
そう言って手を差し出すと、セファルさんも即座に手を伸ばしてきた……が、指先が触れる直前で動きを止め、視線を落としてしまう。
「私ごときに丁寧なお誘い、身に余る光栄ですが、そのような大事に私ではお役に立たないでしょう……」
「そんな事ありませんよ。俺達の勢力はまだ弱小で、帝国に存在がバレれば一瞬で踏み潰されてしまう脆弱な存在です。
だから今はなにより、信用の置ける人が必要なのです。絶対に俺達を裏切らない、そんな信義に篤い人がです。
そして将来的にも、様々な思惑が乱れ飛ぶ事になるだろう中で、絶対の信用を置ける仲間は何より貴重な存在です。
苛烈な拷問を受けてなお仲間を裏切らなかった貴女は、その点において最大級に信用が置ける人です。どうか俺達の手助けをしてもらえませんか?」
そう言って頭を下げると、セファルさんも慌てた様子で頭を下げ、両手で俺の手をしっかりと握ってくれる。
「こんな私で良ければ、ぜひ仲間に加えてください……」
おお、どうやら勧誘に成功したようだ。
拷問されても情報を漏らさなかった信義に篤く、責任感の強い人。とても得難い存在だと思う。
「ありがとうございます。ではこれからの事についてですが……弟さんの具合はいかがですか?」
俺の言葉に、セファルさんは一転して表情を暗くし。沈んだ声でゆっくりと言葉を発するのだった……。
帝国暦165年5月16日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・310万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2720万ダルナ@月末清算
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×6
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)
セファル(協力者・C級冒険者)




