83 見習い卒業
アルパの街に戻った俺は、冒険者のみんなと一緒に商会へと向かう。
冒険者の子が21人にメルツとメーア。俺とシーラも加えて25人。内24人が武装しているので、わりと威圧的な一団だ。
当然商会の入口前で止められたので、みんなには待っていてもらって、俺とシーラだけでいつもの人に会いにいく。
店員さんはなにやら忙しそうに帳簿とにらめっこをしていたけど、俺達の姿を見ると手を止めて、こちらに来てくれた。
大事なお得意様だと思ってもらえているようで、話がしやすくて助かる。
「今日はご相談があって来ました。実は孤児院から子供達を引き取って冒険者として訓練しているのですが、そろそろ一人前になったと思うのでこちらで商隊の護衛として使って頂けませんか?」
――俺の言葉に、店員さんがちょっと渋い表情になった。儲け話ではないと落胆したのだろう。
「護衛は当商会専属の者と、必要に応じて冒険者ギルドに依頼を出す事で間に合っているのですが」
まぁそういう反応になるよね。帝国の侵略のせいで冒険者の数が足りなくなっていると聞いているが、見ず知らずの孤児上がりに任せようとは思わないだろう。
「実はですね、訓練を積んで実力はE級相当になったのですが、実績がないのでまだF級なんですよ。そして実戦の経験も乏しいのです。
なので経験を積ませたいというのが一番の目的でして、しばらくは報酬なしで構いません。道中の食事と、宿に泊まる時の面倒は見てやって欲しいですが、他の装備などはこちらで用意しますし、もしなにかご迷惑をかけた場合はこちらで損失を補填します。
戦力的には、少なくとも訓練では十分E級冒険者レベルとの評価を貰っています。実力をご覧になりますか? 今表に待たせていますので」
――『報酬なし』という言葉が効いたのか、店員さんの目が一気に乗り気になった。
冒険者ギルドでの募集を見る限り、護衛は結構コストがかかるからね。一人減らせるだけでもかなり違うだろう。
とりあえず実力を見てくれる事になり、表に出てずらりと並んだ21人と対面してもらう。
……改めて見ると、真剣な表情で並んでいる光景は結構な威圧感があるな。
体はまだ子供だけど、眼光はそこらの大人よりずっと鋭い。
「七人一組で三組です。まだ子供なので体は小さいですが、技術と体力は護衛の任務に耐えるはずです」
そう説明していると、商会専属の護衛なのだろう。見上げるような大男で、筋肉バッキバキの人がやってきた。
テストの相手なんだろうけど、人選が大人気ないね……。
そんな事を考えていると、店員さんに『実力を見る人はこちらで選んでいいですか?』と訊かれ、『はい』と返事をすると、一番小柄な女の子が選ばれた。
ホントに大人気ないなと思うが、向こうにとっては大切な商品と従業員を守る護衛だから、甘い判断はできないのだろう。護衛の費用を節約したせいで商品を失ってしまったら、なんにもならないどころか大赤字だからね。
……大丈夫かなと思って様子を見守るが、選ばれた女の子にも、それを見守る他の子達にも、シーラにも不安そうな様子はない……あ、メルツとメーアはちょっと不安そうだ。
場所が商会の荷捌き場なので、作業をしていた人達も手を止めて大勢が観戦に集まってくる。
――そんな中で二人に木剣一本が渡され、実力を見るための模擬戦である事が店員さんから告げられて、勝負が開始される。
……さすがに商会の護衛さんも無茶な事はしないと思うけど、木剣とはいえ頭を思い切り殴られたら命に関わると思うので、心配だ。
俺はそっとシーラの隣に移動し、子声で囁く。
「ねぇシーラ、あの子大丈夫かな?」
「大丈夫でしょう。まずは死なない事を優先に訓練されていますし、私もそう稽古をつけました。
相手の男は力こそ強いでしょうが、敏捷性には劣るタイプと見ます。守勢に徹すれば勝てはしないでしょうが、負けもしないはずです。
本気でやりあえば丸一日剣を交えて、どちらが先に力尽きるかの勝負になるでしょう。ですが今回は模擬戦ですからね」
おお、なにやら力強いお言葉だ。
相手を見定める目が確かなシーラの事だ。商会の護衛さんの力量も、時間が合うたびに稽古をつけていた子供達の力量も把握しての言葉だと思うので、信用できる。
実際試合開始が告げられても、女の子はじっと剣を構えたままでピクリとも動かない。防御に徹し、相手の動きを待っているのだろう。
……息詰まるような時間の後、商会の護衛さんが痺れを切らしたのか、威圧するような大声を上げ、木剣を振り上げて女の子に向かっていく――。
かなりの迫力で、大の大人でも気圧されて尻餅をついてしまうくらいだと思う。
だけど女の子は、表情一つ変えずに相手から視線を逸らさず。剣をヒラリとかわして距離をとり、同じ体勢に戻る。
商会の護衛さんは手加減していたのだと思うが、それでもちょっと驚いた表情を浮かべ、次は本気の目になって剣を構える……。
――二度・三度と商会の護衛さんの攻撃が繰り出されるが、女の子はその全てを巧みにかわし、掠らせもしない。
商会の護衛さんもさすがに本気になってきたのか、連続攻撃やフェイントなども繰り出してくるが、女の子はその全てに的確に対応している。
反撃こそできないでいるが、シーラが言った通り、『勝てないけど、負けない』戦いを披露してくれている。
そしてこれは、商隊の護衛として悪くない能力だと思う。
今は一対一だけど、こちらが複数いれば一人が引き付けている間に別の子が攻撃できるし、数で不利な場合でも、時間を稼ぐ事ができれば対策が打てる。最悪、荷物を諦めて人だけ逃げる選択肢も採れるだろう。
倒しに行ってやられてしまうよりは、損害を抑えられるはずだ。
店員さんや周りで見ている人達は商隊の関係者だけあって、その辺の事情を分かっているのだろう。感心した表情で戦いを眺めている……。
模擬戦がはじまって、多分10分くらい。十分実力を認めてくれたのか、それともこれ以上観戦者達の作業を止めている訳にはいかなくなったのか。
店員さんが模擬戦の中止を告げて、女の子は『ありがとうございました』と言って丁寧に一礼し、仲間の所に戻っていく。
武芸だけでなく、礼儀作法までよく訓練されてるね。
店員さんの評価も上々なようで、俺はここぞとばかりに『全員馬に乗れますので、急ぎの案件にも同行できます。読み書きと簡単な計算もできるので、商談の助手もできますよ』と売り込んだ所、見事採用が決まった。
条件を話し合って、護衛任務の最初の一回は無料。半年間は見習いとして七人一組でEランク冒険者0.5人分の値段。道中の食事と宿に泊まる時の経費は商会持ちという条件になった。
商会的には、護衛を一人減らして見習いの子達と入れ替えれば、実質経費プラマイゼロ。二人以上減らせば利益になる計算だ。
護衛は小規模の商隊でも四・五人はつくものらしいので、かなりの経費を削れる可能性があるだろう。
……俺達の目的は、商会の情報網を利用するために商会に入り込む事。他の街の情報を得る事。そして子供達の経験であり、ここでの利益は重視しない。
そしてその経験だけど、子供建は魔獣ならシーラと一緒に狩りに行って、何匹も狩った経験がある。
でも人間相手に戦った事は……もっと言うなら、人間を殺した経験は全くない。
だけど将来兵士として戦うなら、これは必ず通らなければいけない道になる。その経験を積むのが、ある意味一番の目的だ。
聞く所によると、帝国の統治がずさんなのと、職を失った旧王国兵や領軍兵には盗賊になった人達もいるそうで、治安はよくないらしい。
半年あれば、一回くらいは対人戦の経験を積む機会があるだろう……。
心が重苦しいけど、避けては通れない道なので心を鬼にするしかない。
……改めて子供達の様子を見回すが、みんな俺よりもよほど覚悟が決まった表情で、力強い目をしている。
――もしかしたら、一番覚悟が決まってないのは俺なのかもしれないね……。
そんな事を考え。奥歯を噛みしめて気を強く持ち、俺も覚悟を決める。そして商会の人達に挨拶して回る子供達を、じっと見つめるのだった……。
帝国暦165年4月15日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・-332万ダルナ (手持ち68万とシーラに400万借金)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 661万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×9
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)
元孤児の冒険者21人(部下・F級冒険者だけど実力はE級相当)




