81 笑顔
クレアさん達から大量の注文を受けた俺は、翌日早速アルパの街に戻り。あちこちを回って注文品を買い揃えていく。
牛も探してみたけど市場にはいなくて、なじみの商会の人に訊いてみたら『いいのがいますよ』と見せてくれた。さすが大商会だ。
牛の値段は年齢や性別で違うようで、オスが30万~45万ダルナ、メスが50万~70万ダルナ。ミルクが採れる分メスの方が高いし、若い牛は高くて歳をとったのは安い。歳をとったメスはミルクの出が悪かったりするそうだ。
商会の人がお得意様だからという事で『一割値引きしますよ』と言ってくれたけど、預かったお金は48万ダルナ。プラスで輸送費もかかる。どうしよう……。
注文した人が、『夫は魔獣の襲撃で足を怪我していました。農作業が十分にできないけど、牛がいればなんとかなるはずなのです。子供は体が弱いので、できればミルクを飲ませてやりたいです』と言っていたのを思い出す……。
「一番いいメスを買ってやりましょう。差額は私が出します」
俺が悩んでいると、シーラが横から言葉を発する。あの時の話、となりにいたシーラも聞いていたのだろう。
「いいの?」
「はい」
シーラは短く返事をし、俺と視線を合わそうとはしなかったが、照れている……のだろうか?
考えてみれば、あの人達は元々シーラが面倒を見ていたのだ。思い入れもあるだろうし、なによりシーラは本来とても優しい子なのだ。
「わかった、じゃあ一番いいメスを買おう」
そう言って、70万ダルナの牛を割り引き価格63万ダルナで買う。
受け取りは明日という事にして買い物を続け、シーラから金貨四枚。400万ダルナを借りて、注文のお金を給料の支給に回してしまった分を穴埋めし、さらに注文より多くの商品を仕入れた。
追加の要望があるかもしれないし、多少は選ぶ事もできるようになるからね。
一日かけて買い物を終え、エリスの宿で一泊した翌朝。
大量の荷物をシーラと冒険者見習いの子達に担いでもらって、牛も引き取って中州の拠点へと向かう。エリスも一緒だ。
牛は牛歩なのか、歩くのが遅かったので冒険者見習いの子二人に任せて俺達は先を急ぎ、昼前には目的地に着いて船で商品を中州の拠点に運び込む。
大量に並べられた品々を見て、ほとんどの女の人達が目を丸くして驚いていた。街から離れた村で生まれ育った人だと商店と言えばたまに来る行商人くらいで、こんなに大量の商品は見た事がなかったらしい。
量で言えば、中規模の店一軒分くらいあるもんね。
……まずは注文した人から優先的に商品を選んでもらい、残りは希望者に追加購入してもらうと、みるみる内にほとんどが売り切れてしまった。やはり実物を目の前にすると購買意欲が上がるらしい。
俺がイケてると思って仕入れた稲妻マークの付いた服は最後まで売れ残った数少ない品の一つになったけど、泣かないで強く生きようと思う……。
――それはともかく、やはり女性は買い物が好きなのか。商品を選ぶ姿は実に楽しそうで、ほとんどの人の笑顔を見る事ができた。
買った品が子供達や家族に送られるので、余計にだろう。これがメンタル改善の一助になってくれたらいいなと思わずにはいられない。
……唯一、クレアさんだけは表情が冴えなかったが、元商人だと言っていたのでその頃の事を思い出していたのだろうか。
そういえばクレアさん、唯一なにも注文を出さなかったんだよね……他の人は救出後一旦故郷に戻ったそうだけど、クレアさんは『私は生きていてはいけないのです』と言っていたから、故郷に戻らなかったし、家族と連絡を取るつもりもないのだろう。
クレアさんはそんな自分の境遇を忘れようとするかのように、商品の追加購入をした人達から手紙の加筆修正を頼まれ、忙しそうに応じていた。
なんか、切ない光景だね……。
……荷物の梱包を終えて送り先を確認し。差額を清算すると、ほとんどの人が残ったお金を荷物の中に詰め込みはじめる。
北の拠点ではお金があっても使い道がないので、家族に送ろうという事なのだろう。故郷の人達にも家族にも冷たくされたのに、みんな健気だね……。
これで故郷の人達が考えを変えて受け入れてくれたらいいなと思うが、希望的観測なんだろうね……でも一件でもいいからそういう事例があればいいなと、そう思わずにはいられない……。
そうこうしている内に牛も到着し、希望していた人に見せると、首に抱きついて涙を流し、体を撫でながら何度も『あの人と子供の事をお願いね……』と言っていた。
牛に言葉が通じるはずもなく、本人はのんびり草を食べていたが、女の人には相当頼もしく映ったのだろう、何度もお礼を言われた。
贔屓になっちゃうから、予算オーバーした事は内緒だけどね。
……そんな訳で準備が整ったので、荷物をもう一度対岸に輸送する。
クレアさんを除く20人から、19個の荷物と牛一頭だ。あとは目的地に届けるだけだけど……手紙を入れても受け取った人が字を読めない問題とかありそうだよね?
「……ねぇシーラ、配達って冒険者見習いの子達に任せて大丈夫だと思う?」
「周辺の街や村ばかりでしたから、二人一組にすれば大丈夫だと思いますよ。この辺りの地図を用意しますか?」
「うん、お願い」
暇さえあれば地形偵察のために周辺を回ってっていたシーラは、次々に簡単な地図を描き上げていく。
その間に俺達は宛先別に荷物をまとめる……と、およそ八割が同じ村。シーラ達が救援に出動したという村だった。
……これ、宛先の人達生きているのだろうか?
そんな不安がよぎるが、一緒に討伐に参加したメルツによると、オークとゴブリンが狙うのは食料と繁殖のための女性で、積極的に人間を殺したりはしないのだそうだ。
もちろん戦いを挑んだら殺されたりするけど、全体的に死者の数自体は多くなかったらしい。
その話を聞いてちょっと安心し、俺は冒険者見習いの子達を集める。
「明日の朝出発で、この荷物を宛先まで届けて欲しい。時間はかかってもいいから、大切に、確実に……。
そして可能な限り、その場で荷物を開けて返事を貰ってきて欲しい。
文字が読めない人だったら代わりに手紙を読んで、返事を代筆してあげて。それとは別に、どんな様子だったかもなるべく詳しく文章にして報告して欲しい」
「「「はい!」」」
さすがよく訓練されているだけあって、とてもいい返事だ。
シーラの地図が書きあがる間にクレアさん達の事情を話し。もし任務を辞退したい人がいたら申し出て欲しいと言ったが、誰も手を上げなかった。
まだ子供だから偏見が少ないのか、あるいはよく分かっていないのか……。
とりあえず、行った先で不愉快な反応をされるかもしれないけど、グッと我慢してくれと念を押しておく。
――今日中に燻製肉とかの携帯食を作って、出発は明日の朝。
人格的に優秀な子上位六人を選抜してもらって、二人一組の三班に。
残りの15人に人格者であるメーアをつけて、メインの村に。
メルツはここで待機して、不測の事態に備えてもらう。
シーラは……人格的にこの任務に向いてなさそうだよね。絶対村人やクレアさん達を捨てた家族とケンカすると思う。
なので中州でお留守番だ。ティアナさんとエリスにもゆっくりと二人で過ごしてもらう。
役割分担が終わって、冒険者見習いのみんなが帰ってくるのを待ちながら。俺は改めてこの先の計画を検討するのだった……。
帝国暦165年4月12日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・-332万ダルナ (手持ち68万とシーラに借金400万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 661万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×9
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)




