80 資金枯渇
クレアさん経由で女の人達全員に集まってもらい。給料を支給しようとした所で、新しい問題に気付いてしまった。
支給対象21人で計算していたが、ここには北の拠点に来ずに残った人が四人いるのだ。
来てくれた人にだけお金を渡して四人にはなにもなしというのは、なんか感じ悪いし気まずくなりそうだ。
それにこれから先は、ここも正式に拠点として使う事になるのである。
……今の俺の所持金が1086万ダルナ、クレアさん達に払う給料が1008万ダルナで、そこに同額の48万ダルナを四人分足すと、1200万ダルナ……114万ダルナ足りなくなる。
どうしよう……こっそり給料を43万ダルナに減らせば25人分1075万ダルナでギリギリ足りるけど、そんな信頼を損なうようなあくどい事はやりたくないな……。
40万ダルナ支給にして残りは次回輸送後にする手もあるけど、中州の拠点が整備できたらティアナさん単独で塩を運んでもらい、たまに俺とシーラが行って街まで運ぶ事になるから、みんなでここに来る機会はなくなってしまう。
北の拠点ではお金があっても買う物がないので、お金はここで注文をとって俺達が買い物に行く形で使ってもらいたい。なので、今なるべく多く支給しておきたいよね。
「……シーラ、ちょっといい?」
覚悟を決めた俺はシーラを物陰に誘い、頭を下げる。
「ごめんシーラ、銀貨114枚貸してくれない? なるべく早く返すから……」
最終手段、借金である。シーラは冒険者をやっていた時代の貯金がかなりあるようで、給料もいらないと固辞したくらいなのだ。
街に行くたびに武具の修理や装備の買い足しなどをしているので、お金は持っているはずである。
「――頭を上げて下さいアルサル様。元より差し上げても構わないと申し上げていたではありませんか」
シーラはそう言いながら、ちょっと慌てた様子で財布を開き……少し困った顔をする。困った顔もかわいいな。
「あの、114万ダルナはあるのですが、金貨一枚と銀貨14枚になってしまいます」
……なるほど、銀貨100枚に相当する金貨や、50枚に相当する半金貨があるのに、重たい銀貨を100枚以上持ち歩く理由がないよね。俺達は山越えや長距離の移動をするので余計にだ。
だけど今は一人当て銀貨48枚ずつ渡さないといけないので、金貨は困る。
……俺はしばらく考えて、一つの考えを思いついた。
シーラに『ごめん、ありがとう』と言って財布をしまってもらい、クレアさん達の前に戻る。
不思議そうな顔をしているみんなを前に、俺は大きな声を発した。
「今から冬の間働いてくださった分の給料をお支払いします。一人48万ダルナで、ここに残って拠点を守っていてくれた四人の方にもです」
そう言うとなにやら全員がザワついたが、気にせず言葉を続ける。
「同時に、必要な物や欲しい物があったら、俺達が代わりに買ってきますので俺の所に注文しに来て下さい。手紙の発送も一通5000ダルナ。届けたい荷物があれば、一人が持って普通に歩ける重さまでで、アルパの街から日帰りできる距離なら一つ1万ダルナ。遠方の場合は一日伸びるごとに1万ダルナ追加で引き受けます。
荷物と手紙を一緒に送る場合は、手紙分の料金は必要ありません。
文字が書けない人は、書ける人が手助けしてあげてくれるとありがたいです。紙とペンはこちらに用意してありますので……では、順番にシーラの前に並んでください」
そう言うと、シーラに銀貨が詰まった袋を渡して小声で(一人48枚ずつ渡してあげて下さい。ちょっとゆっくりめに、時間をかけて)と囁き、少し離れた場所に紙束とペン二本を置く。
手紙と荷物の送料は、アルパの街で調べてきた一般的な相場だ。ここで利益を稼ぐつもりはない。
そして俺はシーラの隣に陣取って、注文を受けるためにノートを広げる。
……シーラが丁寧に、一枚ずつ銀貨を数えて48枚を手渡していく。
一方で手紙コーナーにも人が集まり、クレアさんが代筆を。もう一本のペンで字を書ける人が手紙を書きはじめている。
さすがクレアさん、面倒見がいい。
人が分散したけど、冬の間一緒に過ごして大体顔を覚えているから、重複支給は起きないだろう。
そう考えしばらく見守っていると、給料を受け取った人が恐る恐るといった感じで俺の所にやってくる。
「あの……子供に服と玩具を送ってやりたいのですが……」
「了解しました。お子さん何歳ですか? 体格は? 男の子ですか女の子ですか? どんな服が好みとかあります? 玩具はどんなものがいいですか?」
「あ、ええと……」
実際自分の目で見て選べない分、可能な限り好みを聞き取る。
「――はい。ええと、子供服が二着と玩具二つで、ざっくり9万ダルナくらいになると思います。余ったらお返ししますね」
「え、そんなに安くて良いのですか?」
「街で見てきた感じではこのくらいの値段でしたよ。ここで利益を稼ぐつもりはありませんから。……それとも、もっと高級な品にします?」
「いえ……ありがとうございます」
お礼を言われて9万ダルナを預かり、次の人の注文を受ける。
この世界は結婚が早く、ほとんどの人に子供がいるせいもあるのだろうが、注文の大部分は子供向けの服や玩具。アクセサリーなどで、他は家族のための農具など。弟や妹にという人もいた。
オークとゴブリンに攫われてしまったせいで穢れた存在と疎まれ、村から追い出されて家族からさえ捨てられてしまっても、子供や家族に対する愛情は健在なんだなと、暖かさと悲しさが入り混じった複雑な気持ちになる……。
――次々に注文を受けていく中、一人『牛を……』という人がいたが、さすがに牛の相場は把握していないので、とりあえず48万ダルナ全額を預かって、買えたらという事にしてもらった。
農村では牛は労働力として貴重な存在だし、メスならミルクも採れるからね。
その分メスの方が高価だけど、買えたらメスをという事だった。
……注文の受付を順次こなし、ある程度手元に銀貨が溜まった所で『ちょっと両替してきますね』と言って、シーラの所に銀貨を補充する。
支給をゆっくりにしてもらったのは、この時間を稼ぐためだ。これで全員分の給料を賄えるだろう。元サラリーマン奥義、売上金をそのまま支払いに回す自転車操業だ。
こんな事してる会社はろくなもんじゃないけどね……。
ともかく給料の支給と注文の受付が終わり、代筆に忙しくて最後に給料を受け取りに来たクレアさんには、代表として働いてもらった分を含めて倍額を払っておいた。
まだ手紙の代筆待ちの人が沢山いるが、発送は後日なので慌てなくていいですよと伝え。クレアさんの注文も聞いたが、寂しそうな目をして『私はもう死んだ人間ですから……』と言われてしまった。
――そういえば、クレアさんは生きている事を家族に知らせられないんだったね……。
「すみませんでした……ええと、お金の代わりになにか違う物で報酬をお支払いしましょうか? もしくはなにか自分用の買い物とか……」
「大丈夫ですよ。これでも元商人ですから、お金は好きです。なにかの役に立つ事があるかもしれませんし、このまま保管しておきます」
そう言って笑顔を浮かべるが、明らかに作り笑顔だよね……。
気まずくなってしまったので話を変えようと、一つ気になっていた事を訊いてみる。
「そういえば、給料を支給すると言った時にみんな変な感じでザワついた気がしたんですけど、なんでだか分かりますか?」
「ああ、それはお金が貰えるという事実と額に驚いたのでしょう」
「え、どうしてです? 最初に一日4000ダルナの報酬でって言いましたよね?」
「それはそうですが、我々のように立場が弱い者であってみれば、口約束が履行されるなどとは信じられません。
半額が支払われれば上々、不払いさえ覚悟していたのです……いえ、アルサル様を疑っていたという意味ではなく、我々はそんな程度の存在だという意味で……」
慌てて取り繕うような言葉が付け加えられたが、悲しい話だ。
信用は積み重ねて築き上げるものだと思うから、初対面で信用されていなかった事について怒る気はない。
だけど、タダ働きをさせられても仕方ないと考えるほど自分達を卑下していたというのは、なんともやりきれない話だ……。
微妙な気持ちになってしまったが、クレアさんに『だからみんなとても喜んでいるのですよ。特に貧しい村の出身者にしてみれば、48万ダルナなんて見た事もない大金ですからね。みんなアルサル様に感謝しているのです』と言ってもらえて、少しだけ元気が出た。
その日はそのまま中州の拠点で一泊となり。小屋に入って眠ろうとしたら、シーラが給料用の銀貨を上手くまかなった事についてだろう『巧妙なやり方でしたね』と多分褒めてくれたが、それなりに人生経験があるからね……。
そんな訳で無事に給料を払い終えて安心し。シーラにも多分褒められて気をよくして、その日はゴキゲンで眠りにつくのだった……。
帝国暦165年4月10日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・実質-162万ダルナ(-1248万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 661万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×9
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)




