79 資金ピンチ
アルパの街から、塩を運んでもらう冒険者見習いのみんなを連れてきた翌朝。
朝食のあと塩を対岸まで運び。一晩だけしか一緒にいられなくて悲しそうなティアナさんからエリスを回収して、アルパの街に戻る。
運んできた塩は、一つ大体三キロの袋が30個。足元が悪かったのでシーラとティアナさんが背負う量を減らしたが、クレアさんの仲間の一部が一袋ずつ持ってくれたので、全体の量は前回より少し多い。
冒険者見習いの子達に一人一袋ずつ持ってもらい、残った九袋は体力に自信がある子に二袋……と考えていたら、シーラが一人で全部担いでしまった。
山越えの時もそれくらい持っていたから体力的には余裕なんだろうけど、せっかく人数がいるんだから任せれば……と思ったが、これは『教官たる者、身をもって見本を見せなくてはいけない』というシーラの考えによるものらしい。
そしてその効果は絶大で、九倍の重さを担いでなお鈍る事のないシーラの動きに、みんなキラキラした尊敬の目を向けている……なんか、クレアさん達に続いてシーラの人望が留まる所を知らないね。
いずれは軍で上官と部下になるだろうから、今のうちから信頼関係を築いておくのはいい事だ。
そんな事を考えながら街まで歩き、例によって馬車を雇って荷物を積み込み、俺とシーラだけで商会へと向かう。
冒険者見習いの子達はメルツと一緒に、冒険者ギルドへ行って狩った魔獣の素材売却だ。
ちょっと遠回りして市場を覗き、物価を確認してから商会に到着し、専属契約をしている人の所に塩を運び込む。
……この人いつ来てもいるけど、休日とかないのだろうか?
この世界は曜日の概念がないから、ないんだろうね……新年のお休みくらいだろうか?
大変だなと思うけど俺が口を出す事ではないし、いつ来てもいてくれるのはありがたいので、気にせず商売の話をする。
……取引自体は専属契約なので特に揉める事もなく、スムーズに塩29袋がピッタリ1000万ダルナになった。一袋はエリスへのお土産だ。
前より値段が下がっているけど、市場で物価を見てきた限り妥当な値段。むしろちょっと色をつけてもらっている気もする。
取引をスムーズに終わらせ、銀貨1000枚で支払いを受ける。
さすが大商会だけあってスッと出てきたけど、ズシリと重い。価値は同じでも、金貨10枚より儲かった感があるね。
続いて情報交換タイムに入り、街と周辺の状況を訊いてみると、帝国の支配はそれなりに馴染んできて、街の間での物流も回復しつつあるらしい。
とはいえ以前の水準には遠いし、多数の関所が設置されて通行税を取られるようになったので、行商人や商隊の運行は苦しいのだそうだ。
帝国はホント、占領地でガッツリ搾取する気満々だね。
地元で生産して地元で消費する農産物や簡単な日用品に影響がないのは幸いだけど、遠くから運んでくる品は影響が大きいだろう。
……だけどこれは俺にもいい所があって、遠くから運んでくる代表的な品物が塩なのだ。この辺りは海から遠いし、岩塩鉱山の噂も聞いた事がない。
宝石みたいな贅沢品なら我慢すればいいだけだけど、塩は生きて行くのに必要なものだから、高くなっても買わない訳にはいかない品だ。
商品として扱う俺は安定的な儲けが期待できるし、多く供給できれば住民の生活を助ける事もできる。双方に利益があって、この先もいい商売になりそう……なんだけど、心配事もある。
「これからお売りできる塩の量が増えると思うのですが、目立って帝国に目をつけられたりしませんかね? 関所を通っていない塩が大量に出回っているのはまずくないですか?」
「そこは御心配なく。我々は専門家ですからね、やりようなどいくらでもあります。万事お任せください。大量供給、期待しておりますよ」
そう言って、いい笑顔を浮かべる商会の人。
さすが大商会。賄賂とか渡すんだろうけど、蛇の道は蛇というやつだろう。
――商売の情報収集が終わった所で、対帝国の情報。他の街の状況も訊いてみたが、こっちは『どこも大した違いはないようです』で、有意義な情報は得られなかった。
まぁ、同じように帝国に支配されているのだから、そう大きくは変わらないのだろう。
他にも特に有用な情報はなく、情報交換を切り上げてエリスの宿屋に戻る。夕食の準備を始めていたエリスが俺の顔を見ると、なんだか照れくさそうに一冊のノートを差し出してきた。
一瞬分厚いラブレターか交換日記かと思ってしまったが、開いてみると数字がびっしりと書かれた帳簿で、冬の間の冒険者養成所の収支が詳細に記録されていた。
……それによると、使った経費の総額は三月までで1626万ダルナ。現在の残りは661万ダルナ。一番最近の三月の経費は290万ダルナだったらしい。
月ごとの推移を追っていくと、徐々に物価が下がっているのが分かりやすい。
だけど商会で聞いた話からすると、そろそろ下げ止まりなのかもしれないね。
月300万を基準にして、残高でとりあえず二か月は大丈夫。今の手持ちはクレアさん達の給料に当てたいので助かった。
……そしてその給料に関してなのだが、一日4000ダルナを約束して、今日までで150日。四日仕事の一日休みのローテーションでやっていたので、労働日数はざっくり120日。
一日4000ダルナを掛けると一人48万、21人で1008万ダルナ……今回の儲けを越えてしまう。
手持ちが86万ダルナあるのでギリギリ払えるが、早く次の輸送を成功させないと冒険者養成所の資金が枯渇してしまう。
幸い塩の在庫は大量にあるので、後は輸送だけだ。
エリスに運営のお礼を言って、丁寧な帳簿を褒め。嬉しそうに笑う笑顔を眺めて癒され、お土産の塩一袋を渡し。その日のうちに中州の拠点へと戻る。
給料の支給に塩輸送の段取りに、冒険者見習いの子達の訓練も次の段階に進めないといけない。
やる事がいっぱいで慌しいが、とりあえず一つずつ片付けていこうと心を落ち着け。クレアさんにお願いして女の人達に集まってもらうのだった……。
帝国暦165年4月10日
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1086万ダルナ(+1000万)
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 661万ダルナ(-1626万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×9
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)
クレア(協力者・中州の拠点管理担当)
オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)




