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77 新しい人生

 中州の拠点の管理人をやって欲しいというお願いに、クレアさんはしばらく真剣に考え込む様子を見せたあと、おずおずと口を開く。


「申し訳ありません。お言葉は大変ありがたいのですが、お受けできません」


 ――苦しそうな表情。これは事情がありそうだね。


「理由を訊いてもいいですか?」


 俺の問いにクレアさんは眉根を寄せるが、さすがに理由も言わずに断るのは失礼だと思ったのだろう。ゆっくりと話してくれる。


「……私は、名前は言えませんがこの地方では比較的大きな商家の娘でした。


 本来であれば将来家を継ぐはずで、そのために各地を回って、いわゆる『顔繋ぎ』をしていました。


 この辺りでは商人を中心に、各ギルドの幹部や村長、各街の衛兵や力のある冒険者など、私の顔を知っている人が大勢います」


 なるほど、クレアさんは美人だから印象にも残りやすいだろうしね……。


 そんな事を考えていると、クレアさんは暗い表情のまま言葉を続ける。


「……そして、私が乗っていた馬車が魔獣に襲われたという情報も広く伝わっているはずです。


 移動中に魔獣に襲われて死んだのなら、それは悲劇ですが偶にある事であり、『悲しい出来事だったね』で終わる話です。……ですが、死んだはずの私が生きていたら。魔獣に襲われて時間が経って、まだ生きているのだとしたら、それはつまり『そういう事』なのであって、話が変わってくるのです」


「…………」


「魔獣に汚された私にはけがらわしいものを見るような視線が向けられ、忌まわしい存在として扱われるでしょう。そしてそれは、家にも影響を及ぼすのです。


 私には弟がいますから、今頃弟が私の代わりに商会を継ぐべく、修行をしているはずです。私はその足を引っ張りたくない。私は、生きていてはいけない存在なのです……」


 クレアさんは悲しそうに目を伏せ、弱々しく言葉を続ける。


「だから私は助けられた時顔を隠しましたし、クレアという名も偽名です。


 そんな私が拠点の管理人になり、もし私を知っている商人や冒険者と顔を合わせる事になったらと思うと、申し訳ありませんが管理人の話はお受けできません……」


 ……おおう、重たい話だ。


 事情はよく分かったけど……ここは『じゃあしょうがないね』でいいのだろうか?


 それだとクレアさんは一生立ち直れず、ずっと隠れて生きる事になってしまう気がする。


 名乗り出ろとは言わないけど、せっかく偽名を使っているならそのまま別人になって、新しい人生を歩む選択肢はあって良いのではないだろうか?


「……じゃあ、仮面をつけて顔を隠すのはどうでしょうか? そうすれば知り合いがいても、クレアさんだとばれない筈です。


 将来的に直接商人が来るようになる可能性は否定できませんが、当面は俺が知っている冒険者達に輸送をお願いするつもりです。


 詮索せんさくしないように釘を刺しておきますし、元々この拠点自体が半分秘密の怪しげな場所です。そこの管理人が顔を隠した怪しげな人物であっても、そんなに違和感はないと思うんですけど、どうでしょうか?」


 俺の言葉にクレアさんは真剣に悩む様子を見せ、しばらくして答えが出たのか、顔を上げる。


「アルサル様は相当の財力をお持ちとお見受けします。もし私の事が世間にばれ、実家に迷惑をかける事になったら、援助をお願いできますでしょうか?」


「はい。その時には可能な限りの助力をしましょう。現状有力な商品は塩しかありませんが、それでよければ横流ししますし、資金の援助も可能な限りをお約束します」


 そう答えると、クレアさんの顔に驚きが浮かぶ。


「そこまで言って頂ける理由をお訊きしてもよろしいですか?」


「一冬一緒に仕事をして、クレアさんの事を優秀な人材だと見込んでいるからです。


 以前にお話しましたが、俺とシーラは帝国に対する反抗を計画しています。そのために優秀な人材は千金の価値がある。クレアさんの協力を得られるなら惜しくないと思っての言葉です」


「――――」


 クレアさんの顔が、まるで愛の告白でも受けたようにみるみる赤くなっていく。


「……わかりました、それだけの評価を頂いているからには私も覚悟を決めなければいけませんね。――お役に立てるよう、全力を尽くすとお約束いたします」


「ありがとうございます……じゃあ早速ですが、仮面はティアナさんに頼んで作ってもらいましょう。希望の形とかありますか?」


「それなのですが……シーラ様に作って頂く訳にはいきませんでしょうか?」


 シーラにか……頼んでみる事は可能だけど、シーラが細工をしているのとか見た事ないな。


 ティアナさんは器用だから、その方がいい物ができそうだけど……まぁ、必ずしも上手くなくてもいいか。


 シーラはクレアさんにとっての大恩人だから、その人が作ったものを身に着けていたら力を貰えたりするのだろう。


「分かりました、頼んでみます。どんな風なのがいいとかあります?」


「単純な、木の板に目鼻口の穴が開いただけの物でかまいません」


「了解しました……拠点の管理者をするに当たって、他に何か要望とかありますか?」


「ここは川の中州なので魔獣などが現れた事はありませんが、大雨が降ると水に浸かります。


 平坦な場所ですから濁流になった事はありませんが、塩は水に弱いので高床式の倉庫を作って頂けると助かります」


「なるほど、人間が避難する場所と併せてティアナさんに頼んでみます……って言うか、今までも水に浸かってたんですか? 畑はどうしてたんです?」


「人間と家畜だけ木の上に作った避難所に移って、畑は諦めていました。


 ここは魔獣の襲撃からは安全で隠れ住むにはいい場所ですが、安定的に農業をして定住できる場所ではありませんね」


 ああそうか、そんないい場所だったら先住の住民がいるよね。


 ここはあくまで、定期的な支援がある事を前提にした仮住まいなのだ。


 その辺もティアナさんに話してなるべく住み易い環境を整えてもらう事にして、とりあえず話はそれで終了となる。



 明日はシーラと二人でアルパの街まで行って、メルツ達塩の輸送要員を連れて来る予定だ。エリスとティアナさんも会わせないといけないね。


 ……この世界の感覚はよく分からないけど、エリスもオークやゴブリンにさらわれた女の人をけがれた存在だと見るのだろうか?


 そんな事ないといいなと思うけど、こればっかりは価値観の問題だからね……。



 心の中に僅かな不安を抱きつつ、俺は枯れ草で覆われているだけの簡易な小屋の一つを借りて、眠りにつくのだった……。




帝国暦165年4月8日


現時点での帝国に対する影響度……0.0%


資産

・86万ダルナ

・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2287万ダルナ(昨年秋時点)


・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)

・エルフの傷薬×9


配下

シーラ(部下・C級冒険者)

メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)

メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)

エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)

ティアナ(エリスの協力者)

クレア(協力者・中州の拠点管理担当)

オークとゴブリンの巣穴から救出された女の人達24人(雇用中・北の拠点生産担当と中州の運営担当)

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