72 説得
北の拠点への移住候補者。その代表であるクレアさんを前に、俺は秘密の一端を口にする。
「実は俺達、この国を占領した帝国軍への反抗を計画しているのです。北の拠点では、そのための資金を稼ぐべく塩の生産をしています。
生産自体は順調なのですが、人手が足りないのでシーラに相談をした所、ここを紹介されました」
まずそこで話を切って反応を見ると、クレアさんは一瞬驚きの表情を浮かべたものの、すぐに質問を返してくる。かなり頭の回転が速そうだ。
「その『俺達』には、シーラさんも含むのですか?」
「はい」
「では私達を助けてくださったのは、その目的に利用するためだったのでしょうか?」
「それは違うと思います。時期的に塩の生産を始めた方が後ですし」
俺がそう答えると、シーラも言葉を重ねてくる。
「貴女達を助けたのは、純粋に同情心と理不尽さへの怒りからです。ですが、『いつか役に立つ事があるかもしれない』という考えもあった事は否定しません」
うん……正直でいいと思うけど、今その答えは良くないかもしれないね。
――案の定、クレアさんは悲しそうに眉根を寄せると、恩人であるシーラに直接言葉を向けるのはためらわれたのだろう。俺に向かって言葉を発する。
「私達が助けて頂いたのは、この国が侵略を受けるよりも前だったはずです。それなのに、帝国軍への反抗を計画していて『いつか役に立つかもしれない』と考えたというのは、時系列がおかしくないでしょうか?」
うん、やっぱりそこ気になるよね……。クレアさん、やはり相当な交渉経験がありそうだ。
『いつか』は反帝国を想定しての言葉ではなく、特定の対象を持たないぼんやりした言葉だったと言い張る事もできるけど。将来的な事まで考えると、ここはある程度正直に話した方がいいだろう。
「シーラは嘘をついていませんよ。俺とシーラは元々帝国の出身なのです。
そして具体的には言えませんが、そこそこ高い地位の生まれでもあります。
ですが帝国宰相の理不尽な仕打ちにより、俺達は隣国であるこの国へ逃げてきました。『この国を占領した帝国軍への反抗』というのはその第一歩であり、最終的には帝国そのものと戦う事を想定しています」
俺の言葉に、クレアさんの表情は驚きと困惑が入り混じったものへと変わる。
「――そのような話、私などにしてよかったのですか?」
「多分いいと思います。クレアさんはシーラを売ったりする人ではないと思いますから」
「……その言い方はずるくないでしょうか?」
「これからもっとずるい事を言おうと思っているのですが、仮にクレアさんが俺達を帝国軍に売った所で、わずかな報奨金を与えられて終わりでしょう。
ですが俺達の目的が達成された暁には、皆さんに新しい居場所を提供できると思います」
実際は元皇帝の情報はもっと高く買ってもらえると思うけど、クレアさんは俺達の事を元貴族とその従者くらいに思っているだろう。
それなら、報奨金よりも俺の言葉に乗ってくるはずだ。
「……新しい居場所と言うのは、大山脈の向こうにあるという拠点ですか? それとも、『目的が達成された暁には』という言葉からすると、別の場所でしょうか?」
「さすが鋭い、別の場所を考えています。
皆さんの事情はシーラから聞いていますが、魔獣に攫われたからと言って体に刻印を付けられた訳ではないでしょう。故郷やその周辺では噂が広まっているかもしれませんが、全く別の場所へ行けば誰も皆さんの事を知らない場所があり、そこでならもう一度人生をやり直せると思います。
女性が一人でふらりとやって来たり、女性ばかりが集団で移住してきたら不審がられるでしょうが、納得いく理由があれば不審がられません。目的達成の暁には、その理由を提供できると思います。
さすがに故郷に帰る事はできませんが、新しい人生を踏み出す手助けはできると思います。いかがでしょうか?」
俺の言葉に、クレアさんは真剣な表情をして考え込む。
……これだけ考えてもらえるって事は脈ありだろう。それなら。
「俺達は一旦帰りますから、皆さんで話し合ってみてください。
俺とシーラの出自と、帝国と戦おうとしている事は伏せて欲しいですから、なんとか上手い事誤魔化して説明して貰えるとありがたいです。ぼんやり仄めかすくらいなら構いません」
わりと無茶振りな気はするが、クレアさんは頭がいいし駆け引きもできるから、なんとかなる事に期待しよう。
「三日後にまた来ますから、全員じゃなくて一部の人だけでもいいので、移住希望者がいたら旅立つ準備をしておいてください。
ここに残る人には援助を続けるようにお願いしておきますから、そこは心配しなくても大丈夫です。――これ、一応条件をまとめておきました。文字読めますよね?」
「はい……」
移住条件をまとめた紙を渡し、立ち上がると、クレアさんは慌てた様子で船の所まで俺達を見送ってくれた。
「じゃあ三日後に。よろしくお願いしますね」
そう言って手を差し出すと、クレアさんは困惑を浮かべてじっと俺の手を見る。
……あれ、おかしいな? この世界にも握手の習慣あるはずだよね?
そう考えて戸惑っていると、クレアさんはおずおずと言葉を発する。
「あの、私達の事情を聞いておられるのですよね?」
「はい…………あ、そういう事ですか」
ようやくピンときた。どうやらこの世界で魔獣に汚されたというのは、触れる事さえ忌み嫌われるほどの案件であるらしい。
でもそんなの、オークやゴブリンの実物を見た事さえない俺には関係ない。
「俺としては問題ないので、クレアさんさえ良ければ友好の証として握手をして頂けるとありがたいです」
そう言って手を少し前に出すと、クレアさんはちょっと怖気づくように体を下げかけたが、ギリギリで踏み止まっておずおずと手を伸ばしてくる。
その手を鷲掴むようにして握り、『よろしくお願いします』と言って笑顔を向けると、クレアさんは驚きの表情の後、じわりと涙を滲ませた。
誠意が伝わってるといいなと思いながら、俺はシーラと二人。一旦アルパの街へと戻るのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・100万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2287万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×9
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)




