71 隠れ集落
※ 前話を読み飛ばされた方へ。
オークとゴブリンに攫われていた女性達を助けたものの、村に受け入れを拒否されたので、シーラが手助けして隠れ住んでいた集落。そこの人達を北の拠点で労働力として受け入れる案が出て、会いに行く所です。
シーラは魔獣退治と女性達救出の過程で自分の未熟な部分に気付き、克服する事で戦士として一段強くなる一方、人間味を失っていっている模様。
シーラ紹介の移住候補者達との面会は、翌日早速出発する事になった。
街を出て街道を西に進み、川に当たった所で北に折れて草原を進むと、川に浮かんだ中洲が見えてくる。
街道からはかなり外れているし、街から日帰りで採取に来るにはちょっと遠い距離と、隠れ住むには中々いい所だ。
シーラは武人としての感覚を養うため、暇さえあれば周辺の地形を調べに行っていたから、それでこの場所を知っていたのだろう。
川の様子を観察してみると、幅はあまり広くないが、流れがあって水深も深そうだ。
泳いで渡ると言われたらどうしようかと思ったけど、茂みに小舟が隠してあって、シーラの操船で安全迅速に川を渡る事ができた。
中州に上陸してみると、所々に木が生えている以外は大人の背丈くらいある草が生い茂っていて、かなり視界が悪い。隠れ住むにはいい環境だ。
獣道みたいな草が踏み倒された跡を辿っていくと、ほんの一分ほどで開けた場所に出て、木を組んで草を被せただけの、粗末な小屋が10個ほど建てられていた。
『10戸』や『10軒』ではなく『10個』がしっくりくるような、家と言うより子供が作った秘密基地みたいな建物である。
そしてその奥は草が刈られた広場、さらに畑が広がっていて、結構な広さがあるようだ。
20人ほどの女性が農作業をしていて、シーラが持ち込んだのだろう、牛やニワトリの姿もある。
広場の外れには一際大きな木があって、増水時の避難場所なのだろう。ハシゴが掛けてあって、木の枝で足場が組んであった。
家の柱もそうだけど、板や角材みたいな加工はされていなくて、切った丸太や枝を太さに応じてそのまま使っている感じだ。手作り感がとても強い。
――俺達の姿に気付いたのだろう。農作業をしていた女の人達はこちらに視線を向け、一人が俺達の前までやって来て頭を下げる。
「シーラ様、お久しぶりです」
「様はやめてくれと言っただろう……今日は大切な話があって来た、少し時間をいいか?」
「はい、ではこちらへ」
そう言って、女の人は小屋の一つへ案内してくれる……どうやらこの集落の村長ポジションの人らしい。
「なにもお出しできる物もありませんが……」
そう言って出されたのは、お湯。いわゆる白湯というやつだ。
お茶なんて作る余裕も買う余裕もないのだろうし、牛はいたけど牛乳は搾る端から消費されてしまうのだろう。生活ギリギリみたいだからね。
わりと長い距離を歩いてきたし、肌寒い季節なので白湯もわりとおいしい。生水より安全だしね。
俺がお湯を飲んでほっこりしている間に、シーラが用件を切り出してくれる。
「北の大山脈を超えた向こう側で働き手を募集している。ここよりはいい環境が保証できるので、移住を勧めに来た」
……シーラの言葉はとても簡潔で分かりやすいけど、盛大に言葉が足りない気がする。
実際、女の人はかなり困惑した表情だ。
「あの、俺はアルサルと言って、今シーラが言った大山脈の向こう側で働き手を募集している者です」
「――申し遅れました。私はクレアと申します。ここで住民の代表的な事をやらせて頂いております」
そう言って、綺麗なお辞儀をしてくれる。
……年の頃は20代前半だと思うけど、所作はかなり洗練されている。
農村の村娘という感じではなく、行商人みたいな人と関わる仕事をしていたか、旅をしている所をゴブリンに襲われたいい所のお嬢様、もしくは大きな村の村長の娘とか、そんなポジションにいた人だと思う。
だけどオークやゴブリンに攫われた女の人はいわゆる『穢れた存在』とみなされるそうで、元の街や村はおろか、スラム街ですら忌み嫌われる存在なのだそうだ。
教会でも受け入れてもらえず、普通は助け出されても結局野垂れ死ぬ運命にあるらしい。
酷い話だと思うけど、一般的な認識がそうなっている以上俺が怒った所でどうにもならない。今は目の前にいる人の対応に集中しよう。
そう気持ちを切り替えて改めて観察すると、表向き笑顔を浮かべてはいるが、どこか影が射しているし、あまりよく眠れていないのか、目の下に濃い隈がある。
……オークとゴブリンの巣穴で地獄を見たのだろうし、結婚が早いこの世界で20代だと、ほぼ間違いなく既婚者。子供もいる可能性が高い。
もう家族に会えなくなってしまったのだと思うと、精神的なダメージは相当大きいだろう。
他の人達も同じ境遇だし、シーラは話してくれなかったけど、自殺者が出ていてもおかしくない。
今は一応ここに匿われているけど、将来の希望なんてなにも無い訳だしね……。
そう考えると、今回の計画には単純な労働力確保以上の責任がある気がしてきた。ぜひとも成功させたい。
そんな決意も新たに、俺はざわつく心を押さえて冷静に言葉を発する。
「働いて貰う場所は大山脈の向こうですが、俺達も同行して必ず安全に送り届ける事をお約束しますし、向こうでの安全にも万全を期します。
原則移住ですが、帰りたい場合は冬以外は定期的にアルパの街と連絡していますから、それに同行して帰ってくる事は可能です。
手紙のやり取りも、機密事項があるのでその確認はしますが、問題ない内容ならやって頂いて構いません。
仕事は基本肉体労働になりますが、農作業よりは楽だと思いますし、大山脈を超えられる体力があれば問題ないと思います。
食事は農業ができないので穀物は出せませんが、肉や魚貝類、木の実や山菜などで十分な量は出せますし、住まいは当分洞窟の中になるかもしれませんが、寒さ対策は可能な限り施します。
報酬は一日4000ダルナを予定していますが、売り上げが出てからになるので、初支給は来年の春以降になると思います。
お金の使い道がない場所ですから、他の報酬をご希望なら検討してみますのでおっしゃってください」
そう条件を伝えると、クレアさんは複雑そうな表情を浮かべて俺を見る。
条件は悪くないと思うけど……俺の見た目が12歳の子供なので信用ないかな?
「アルサル様は私の主でもある方です。お言葉に偽りがない事は私が保証しましょう」
おお、隣からシーラが助け舟を出してくれた。ありがたい。
そしてそれは絶大な効果があるらしく、クレアさんの俺を見る眼が一瞬で変わる。
「……我々に隠れ住む場所を与えてくださり、国が占領された混乱の中でも食料を届け続けて下さったシーラ様……シーラさんのお言葉です。疑う気はありませんが、あまりにも我々に都合が良過ぎる気がして……」
なるほど、美味し過ぎる話を警戒する慎重さは評価できる。やはり交渉事の経験がある人なんだろうね。
ここは……ある程度こちらの事情も打ち明けるべきなのだろう。でもいきなり全部という訳にはいかないよな。
しばらく考えて、俺はゆっくりと口を開くのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・100万ダルナ
・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2287万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×9
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)
ティアナ(エリスの協力者)




