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70 移住候補者

注意:『ゴブリン 攫われた女の人』から連想される重たい描写があります。苦手な方は読み飛ばしてください。

 次話冒頭で読み飛ばしても問題ないよう補足を入れておきます。

 北の拠点で生産活動を手伝ってくれそうな人達について、シーラは言葉を選ぶようにゆっくりと話しはじめる。


「あれは昨年の春、私が冒険者として活動していた時の事です。西にある村がオークに率いられたゴブリンの群れに襲撃されたとの情報で、討伐隊が編成されました。


 領軍の兵士と腕に覚えのある冒険者が50人ほど集まって村に向かいましたが、我々が到着した時にはすでに村は破壊された後で、食料を略奪していたゴブリンを30体ほど倒しましたが、オークの姿はなく。本隊は別にいると判断して痕跡を追いました」


 ああ、この話は聞いた記憶がある。街壁の門を守っていた元領軍兵士が、シーラが『鮮血姫せんけつひめ』と異名いみょうを取るほどの活躍をしたのだと言っていた。


 だけどシーラはそんな活躍を誇る様子はなく。むしろ暗い表情で話を続ける。


「オークやゴブリン退治で最も厄介なのは巣穴の殲滅せんめつだと、知識としては聞き知っていました。


 実際天然の洞窟を利用した巣穴は暗くて視界が効かず、物陰からの不意打ちも多くてなるほどと納得しましたが、慎重に進んだおかげで怪我人を出す事もなく。奥にいたオーク三体の討伐も無事に成功しました。


 その時(確かに厄介ではあったが、言われるほどでもなかったな)と考えたのは、私が知識と実戦の違いを理解していない未熟者だったからなのでしょう。『厄介』の意味を思い知る事になったのは、オーク達を倒した部屋から、さらに奥の部屋へと進んだ時でした……」


 シーラはギュッとくちびるを噛み、搾り出すように言葉を発する。


「奥の部屋へと続く扉を開けると、嫌な臭いが充満した部屋で最初に目に入ったのは、魔獣の子供でした。オークの子供だったのかゴブリンの子供だったのか、それは分かりません。ただ明らかだったのは、それが殺さなくてはいけない敵だという事でした。


 ……私は武人の家に産まれ、武人として育てられました。武器を持って向かってくる相手なら、戦って殺す事に躊躇ちゅうちょはありません。


 ですが一方で、武人は弱い者を守るのだとも教えられました。子供はその筆頭です。


 ――そして部屋に入った私の足元にいたのは、魔獣の子供だったのです。

 武器も持たず、おびえた目をして私を見上げるその姿は、私には守るべき存在に映りました。


 ……ですがその子供達は間違いなく敵であり、もし情けをかけて逃がしたりすれば、いずれどこかの村が犠牲になるかもしれません。


 私が守るべきものが同族の人間であるのなら、この子達は間違いなく殺すべき相手なのです。……そう頭の中では分かっていたのですが、私の手は動きませんでした」


 シーラはそう言って、悔しそうに下を向く。


 俺はその場にいなかったけど、気持ちはわかる。子供を殺すのは、たとえ相手が魔獣であっても辛いだろう。


 元の世界ではトラやライオンのような猛獣であっても、子供はかわいらしい外見をしていた。それは力のない子供が生き残るためのすべだという説も見た事があるけど、事の真偽はともかく、その時のシーラにはとても有効だったのだろう。


「……私は結局手を下すことができず、魔獣の子供は他の冒険者達が退治してくれました。私は自分の未熟さを痛感すると同時に、『オークやゴブリン退治で最も厄介なのは巣穴の殲滅』という知識について、頭で覚えたのと実際に体験するのはこんなにも違うのかと、骨身にみました……ですが事はこれで終わりではなかったのです。


 魔獣の子供達が退治された後、部屋の奥に視線を移した私の目に入ったのは、何人もの女性の姿でした。人間の……女性です」


 ああ、やっぱりその話にもなるよね……。


「オークやゴブリンにオス個体しかおらず。他の人型種族のメスをさらって繁殖を行うという話もまた、知識としては知っていました。


 ですがこれもまた、知識と現実との違いを私に突きつけてきたのです。そして『オークやゴブリン退治で最も厄介なのは巣穴の殲滅』という言葉の、本当の意味もです。


 ……壁に灯りが一つあるだけの薄暗い部屋には、30人ほどの女性が囚われていたと思いますが、その時の私は動揺のあまり、正確な数を把握する事さえできませんでした。


 以前から囚われていたのだろう、酷く消耗した様子の女性が10人ほど。そして数日前に囚われたのだろう女性が20人ほどでした。


 女性達は皆、オークとゴブリンの体液で全身を酷く汚されていて、私は部屋に入った時に感じた酷い臭いの正体を知り、背筋がゾクリとしました。


 女性達は首や手に縄を掛けられて壁に繋がれていて、声を出す気力もないのかみな黙っていましたが、じっとこちらを見る目からは涙が溢れていました……」


 シーラはそこで一旦言葉を切り、また視線を落として手をギュッと握る。


「本来ならすぐにでも駆け寄って縄を切り、彼女達を助けるべきだったのでしょう……ですが私はその光景に強い衝撃を受け、その場から一歩も動けませんでした。


 ……私は武人として育てられ、圧倒的な強さを持つ相手と対峙たいじして恐怖を感じた事はあっても、おびえて足が動かなくなるなどというのは経験した事がありませんでした。


 戦うにしろ逃げるにしろ、足が動かないのでは話になりませんからね。そのための精神鍛錬は十分に積んできた……つもりだったのです。


 ですがあの時、私の足は動きませんでした。彼女達が助けを求めて手を伸ばしてきても、一歩も動けなかったのです。

 他の冒険者や兵士達も誰も動かず、その空間は時間が止まったようでした……」


 いつも凛々しいシーラの目が、今まで見た事がないくらいに弱々しく。涙にうるんでしまっている。


「……誰もが立ち尽くすだけだったその場で、最初に動いたのは遅れて部屋に入ってきたメーアでした。


 彼女は即座に囚われている女性達の元へ駆け寄り、手を取って『助けに来たよ、もう大丈夫だから……』と声を掛け、次々に縄を切っていきました。


 メルツもすぐにそれを手伝うべく動き出しましたが、私はその時になってもまだ、足を動かす事ができませんでした。


 他の冒険者や兵士達にも二人を手伝おうとする者はなく、そっと部屋から出て行く者さえいました……それを非難する資格は、私にはありません」


 ……なんだかんだ言って、シーラは伯爵家のお嬢様だからね。10日間お風呂に入らず野外演習とかは平気でも、オークとゴブリンの体液には抵抗があったのだろう。俺だって、その場にいたら触れたかどうか自信がない。


 そう考えると、メーアとメルツは偉いね……。


「メーアとメルツは囚われていた女性達を洞窟から助け出し、歩けない者は抱きかかえて運びました……お腹が大きく膨らんでいて、背負う事ができなかったのです。


 私ができたのは、二人の荷物を代わりに持つ事だけでした。


 そして近くの小川で体を洗い、ありあわせの布を羽織はおらせて、今度こそ全てが終わったと思いましたが、現実はさらに過酷なものでした。


 彼女達のお腹にはオークやゴブリンの子がおり、さらにその身は魔獣に汚されたというので、村に帰る事も許されなかったのです。


 生き残った村人達は村の再建に着手しましたが、そこに彼女達の居場所はなかったのです……。私はその時、彼女達が手を伸ばしこそすれ、声を出して『助けて』と言わなかった気持ちがようやく理解できました。


 助け出されても居場所はないと。もう村に帰る事はできないと、あの時から分かっていたのでしょう。


 酷い話だと思いますが、オークとゴブリンの体液に塗れた彼女達に触れる事ができなかった私に、村人達を非難する事はできません……。


 ですからせめてもの罪滅ぼしにと、人目につかず魔獣の危険も少ない川の中州なかすを選んで仮の集落を作る手伝いをし、冒険者の中で比較的彼女達に同情的だった一人を雇って、定期的な食料補給をお願いしました。


 私も少しでも生活再建の一助になればと、狩った魔獣を持ち込んで解体や、素材の加工を依頼したりしました。


 ……一方で、産まれてくる魔獣の子を母親の手で殺させるのはさすがに忍びなかったので、私の甘さを断つ訓練も兼ねて、処置を請け負いました。


 オークの子はゴブリンの子よりも産まれるのが遅いらしく、最後の処置を終えたのは救出から37日後でした……。ですが体の問題が終わっても、他の問題が解決した訳ではありません。


 彼女達に頼れる存在はなく、私が微力ながら支援していたとはいえ、最終的には自分達の力だけで生きていかなくてはいけないのです。


 ――今では一応畑もできて、最低限食べていけるだけの生活はできています。ですが生活必需品などを買えるまでにはなっていませんし、行商人も寄り付きません。大雨でも降れば中州は水没してしまう危険もあります。


 ですから、アルサル様の庇護ひごを受けて北の拠点で受け入れて頂けるなら、むしろこちらからお願いしたいくらいです。重労働には耐えられない者もおりますが、軽作業なら問題なくこなせます。いかがでしょうか……?」


 おおそうだ、そういえば北の拠点での労働力の話だった。


 頭を下げているシーラに、俺はなるべく優しい声で返事をする。


「分かった、お手伝いをお願いするよ……一度会いに行きたいんだけど、問題ないかな?」


「はい、アルサル様さえよろしければ明日にでも」


「うん、じゃあよろしくね」


「了解しました、ありがとうございます……」


 辛い記憶を思い出したせいだろう。シーラの固く握り締められた手が小刻みに震えていたので、両手でそっと包み込んであげると俺の手なんかでも効果があったのか、震えがスッと消えていった。


 本当はシーラの体を包み込むように抱きしめてあげられるといいんだけど、現状俺の方が身長小さいからね……早く大きくなるといいな俺の体。



 そんな事を考えながら、俺は冷たく冷えてしまっているシーラの手を温めるように、ゆっくりとさするのだった……。




現時点での帝国に対する影響度……0.0%


資産

・100万ダルナ

・エリスに預けた冒険者養成所運営資金 2287万ダルナ


・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)

・エルフの傷薬×9


配下

シーラ(部下・C級冒険者)

メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)

メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)

エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)

ティアナ(エリスの協力者)

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