66 エリスの決意
無事に再会を果たした、ティアナさんとエリス。
ティアナさんはエリスを固く抱きしめ、『大きくなったね……』と言いながら顔を寄せる。エリスの髪に、顔を埋める感じだ。
ティアナさんはわりと背が高いので、エリスの足は地面から離れて浮き上がっているが、特にバタついたりはしていない。
目を見開いて驚いてはいるけど、嫌がってはいないようだ。
「ごめんねエリス、ずっと会いに行けなくて……なにもしてあげられなくて……」
震える声でそう言うティアナさんは、完全にマジ泣きモードだ。
それを隣で見つめるエリス父も、目から絶え間なく涙を流している……俺も貰い泣きしてしまいそうだ。
「…………お母さん」
最初は戸惑いを見せていたエリスも、確かな母の愛を感じたのだろう。ティアナさんの背中に腕を回して抱きしめ合う。
ティアナさんの表情は今まで見た事がないくらい幸せそうで、エリスも安心しきった穏やかな微笑を浮かべている。
まさに、『母親の腕に抱かれているような』というやつだ。
二人は離れ離れだった時間を埋めるように、じっと抱きしめ合ったまま離れようとしない。お互い言葉もないが、今は必要ないのだろう。
――ティアナさんが全神経を腕の中に集中しているのを察して、シーラが代わりに周囲を警戒してくれる。
シーラはよく厳しい事を言うけど、根っこの部分は優しい子なのだ……。
……そのままどのくらいの時間が過ぎたのか。先に言葉を発したのエリスだった。
「お母さん、ちょっと離して……」
その言葉に、ティアナさんは名残惜しそうにしながら、エリスを抱きしめていた腕を緩める。
地面に足を着いたエリスは、ポケットから手紙を取り出した。
「これ、私達が帰ってから読んでみて」
その言葉に、ティアナさんの表情が露骨に曇る。
「帰ってから……帰っちゃうの? このままここで、また三人一緒に暮らせない? 安全は私が確保するし、食べ物や住む所だって不自由させないから……」
手紙をギュッと握り締め、縋り付くように言うが、エリスは首を左右に振る。
「お父さんは分からないけど、私は今やりたい事が……やらないといけない事があるから、三人では無理かな。
お父さんと二人で暮らすなら、私は大丈夫だから二人で相談してみて」
「…………」
ティアナさんはこの世の終わりみたいな悲しそうな表情を浮かべた後、何かに思い当たったのか、俺を『キッ』と睨みつけてくる。
いや俺のせいじゃな……俺のせいなのかな?
「お母さん、これは私が自分で決めた事だから。詳しい事は手紙に書いてあるから、あとで一人の時に読んでみて」
おや、さっきは『私達が帰ってから読んでみて』だったのが、『一人の時に』に変わった。
この変化の意味する所は……エリス父がここに残る可能性が発生したからかな? 『エリス父のいない所で読んで』という事なのだろう。帝国に対する反乱絡みの案件が記されているに違いない。
……なるほど、これは概ね俺のせいだわ。それを敏感に察したから、ティアナさんは俺を睨んだのだろう。
――とはいえ、『やらないといけない事』は孤児院の子供達を助ける事だと思うので、そこは俺のせいでは……いや、俺が元帝国皇帝で孤児達を生み出したのが帝国である事を考えると、俺に責任がないとも言えないな。やっぱり俺のせいだわこれ。
俺が申し訳ない気持ちに満たされる中、エリスが言葉を続ける。
「今は一緒に住めないけど、いつか状況が整ったら、その時は一緒に暮らそう。……それに、これからはたまに会いに来る事ができると思うから」
そう言って、エリスは視線を俺に向ける。
これは、俺達に護衛を頼むという意味だろう……裏を返せば俺達がいないとエリスはここに来れない訳で、ティアナさんの俺に対する敵意を取り除くのに最高の材料だ。
エリス、本当に策士だよね。俺より参謀に向いてるんじゃないだろうか?
実際エリスの言葉の効果は絶大で、ティアナさんは視線を伏せて黙り込んでしまう。
「……わかった。エリスはもう、自分の事は自分で決められる歳なんだね……成長が早いのは人族の影響かな?」
いや、人間でも13歳でこんなにしっかりした子は中々いないけどね。俺は表向き12歳だけど、前世の記憶があるおかげだし。
「お母さんからするとまだまだ子供だろうけどね……ありがとう。私のわがままを聞いてくれて」
「……今まで全然母親らしい事をしてあげられなかったのに、今更無理強いなんてできないよ。
その代わり、私が役に立てる事があったらなんでも言って。エリスのわがままならなんでも聞いちゃうから。今までなにもしてあげられなかった分、できる事ならなんでもするし、できない事でもなんとかするから!」
「う、うん……ありがとう……」
親馬鹿を通り越して、馬鹿親に片足突っ込んでいるような勢いのティアナさんに、エリスはちょっと引きつつもお礼を口にする。
ホントによくできた子だね……。
ティアナさんとエリスは200歳くらい離れているはずだけど、どっちが親か分からないくらいだ。
見た目はティアナさんが若いせいで、完全に姉妹だしね。
……とはいえ話は落ち着いたようで、ティアナさんはエリス父に話を向ける。
「そうだ、久しぶりにみんなでごはん食べようよ。慌てて作ったから簡単なものしかないけど……」
そう言ってエリスとエリス父を、これも慌てて作ったのだろう椅子とテーブルに案内する。
エルフの村から調達した木工道具が早速役に立ったようでなによりだ。
俺とシーラも誘われたけど、ここは空気を読む所だろう。
「せっかくだから家族水入らずで過ごしてよ……エリス、いつ迎えにくればいい? 今晩泊まる?」
「では夕方に…………やっぱり明日でお願いします」
ティアナさんの長いエルフ耳がシュンと垂れ下がり、子犬が捨てられる時のような目に耐えられなかったのだろう。一泊する事が決定した。
「じゃあ明日また迎えに来るから、ゆっくり過ごしてね。宿の事は俺達で対応しておくから」
「申し訳ありません、ありがとうございます……」
エリスに続いて、ティアナさんとエリス父にもお礼を言われて、俺とシーラは一旦街に戻る事にする。
ティアナさんからお土産にと大きな肉の塊を貰ったので、今夜は冒険者見習いのみんなと自炊を兼ねたバーベキューをしよう。
シーラとそんな相談をしながら、俺は久しぶりに温かい気持ちで街への道を歩くのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・100万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×7
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)




