60 エリスと母親
翌日。朝のわりと早い時間に、シーラがメルツと10人の冒険者見習いを連れて戻ってきた。
男の子が7人に、女の子が3人。歳は10歳前後だろうか? 孤児院にいた子達の中では年長組だけど、それでもまだ幼い子供と言っていい年頃だ。
格好だけは冒険者っぽい装いだが、軽鎧はブカブカだし、剣は大きくて持て余している感じがする。
それでも目は真剣そのもので、迫力さえ感じるくらいだ。兵士のように綺麗に整列して挨拶をしてくれた中には、ララクの姿もあった。
呼んだ目的は荷物運びだけど、せっかくの実習機会なので朝イチでティアナさんが狩って来てくれた魔獣を解体し、素材採取と朝食作りを体験してもらう。
講師はシーラとメルツで、ティアナさんには姿を隠してもらった。
みんなまだ子供だし、エリスと一緒に暮らしているから山の民への偏見は薄いだろうけど、念のためだ。
いずれはティアナさんもちゃんと紹介して、森での行動と弓術の先生になってもらいたい。
……そんな事を考えながら様子を見守るが、子供達の動きはキビキビとしていて、シーラとメルツの言う事をちゃんと聞いて、とても優秀だ。
――気になる点と言えば、みんな表情が暗い事くらいだろうか。
俺としては、遊びではないけど半分遠足くらいの緩さを想定していたのだが、どうもそんなテンションではないらしい。
考えてみれば、みんな帝国兵に親や家族を殺された子達なのだ。
復讐心に燃えこそすれ、遠足を楽しむようなテンションではないのだろう。シーラと同じだね……。
ちょっと暗い気持ちになりつつ、食事を終えて街に向かう事にする。
推定重量三キロの塩の袋29個を分担して持ち、朝食に食べた魔獣の素材も持ち帰る。
俺は荷造りの間に少し席をはずし、ティアナさんの所へエリス宛の手紙を受け取りに行く。
「――これ、よろしくね!」
そう言って渡されたのは、ズシリと重い紙の束。
「……これ、手紙ですか?」
「うん、なんせ久しぶりの娘への手紙だからさ。つい勢いが乗ってちょっと量が増えちゃった」
ティアナさんはそう言って照れ笑いをしているが、どう見ても『ちょっと』という量ではない。
俺の手に乗っている紙束は、手紙と言うよりも本。それもちょっと厚めの本くらいの重量感がある。
よく見ると薄い束と厚い束とに分かれていて、薄い方はエリスの父親宛らしいが、それでもちょっとした冊子くらい。エリス宛に至っては文庫本に片足突っ込んでいる感じがする。
紙は森に生えている特定の木の皮から自分で作っていたけど、薄くて上質なものだ。それでこの厚さだと、数百ページとかあると思う。これが母の愛と言うやつなのだろうか?
……物理的にズシリと重い母の愛をカバンにしまい、俺はシーラ達と再合流する。
別れ際に、『よければ弟さんにも手紙を書きませんか? 配達しますよ』と伝えた所、少し複雑そうな表情をして『考えとく……』と言っていた。
数日間は街にいると思うので、その間に考える時間も、手紙を書くのならその時間もあるだろう。
弟さんも、受け取り拒否はしないと思う。
そんなこんなでティアナさんと別れ、俺達は山を下っていく。
山と言っても浅い所からなので、魔獣に遭遇する事もなく順調に進み、トラブルなく街に到着する事ができた。
子供達はすでに冒険者登録を済ませているらしく、全員がF級冒険者の身分証を持っているので、門の通過も問題ない。
ちなみに俺もF級冒険者だけど、冒険者としての実力はもうとっくに抜かれちゃってるんだろうね。
みんなは一か月間みっちり訓練を受けていたのに対して、俺が冒険者として活動したのなんて数日。それもシーラのおまけの荷物持ちだったからね……。
――まぁそれはともかく、このまま大人数で商会に押しかけるのは悪目立ちしそうだったので、荷馬車を借りて塩はそちらに移し、冒険者見習いのみんなには山で解体した魔獣の素材を持って、メルツと一緒に冒険者ギルドに行ってもらう事にした。
いつもは運ぶ手段がないので放置しているけど、魔獣の素材は冒険者ギルドで買い取ってくれるのだ。
ピンポイントで採取依頼でも出ていれば高値になるけど、そうでなくてもある程度の値段にはなる。
採取品の売却は冒険者の主な収入源の一つだから、それを体験しておくのもいい経験になるだろう。
荷物を積み込んでいる間に、俺は近くの店で甘いお菓子を10個買ってきて、荷物を運んでくれた子供達に一個ずつ配る。
孤児院にいた頃はみんな痩せていたが、エリスが食事を世話してくれているおかげだろう。大分肉付き良くなっている……けど、それでもお菓子は貴重品。別腹だろうからね。
――案の定、お菓子を食べて10人中3人が笑顔を見せてくれた。トラウマを抱えて暗い表情をしていた子達である事を考えると、甘い物の力は偉大だね。
……ただ、一人だけお菓子を食べずにカバンにしまった子がいて、『甘い物苦手だった?』と訊いてみたら、『嫌いじゃないです……でも妹が甘い物大好きなので、食べさせてあげたくて……』と言われて、思わず泣きそうになった。
詳しく訊いてみると妹はまだ8歳なので、今回の輸送メンバーには選ばれなかったらしい。
妹想いの、いいお兄ちゃんだ……。
思わずもう一個お菓子を買ってきて渡しそうになったが、それはそれで公平性を欠く気がしたので、その場はグッと耐える。
後でエリスと話して、少しずつでいいから冒険者見習いのみんなにお小遣いをあげるようにしようと、固く心に誓うのだった……。
そんな訳で子供達と別れ、シーラと二人になった俺は、塩の交易をするべく商会を目指す。
交易自体は専属契約を結んだ店員さんに荷物を引き渡すだけだし、向こうも専属契約を結んでいる相手から買い叩くような事はしなかったので、非常にスムーズに終了した。
塩1袋はエリスの為に残して、残りの28袋で袋代込み金貨15枚と銀貨40枚。1540万ダルナになった。一か月の稼ぎとしては破格の金額だ。
ただ、この金額になったという事は食料の高騰がまだ続いているという事で、冒険者養成所の運営費や孤児院への援助金も高くなるという事だ。
それでも三か月分くらいにはなると思うので、このペースなら運営資金は大丈夫そうである。
とはいえこれから人員も組織も拡大し、本格的な反乱軍の結成を目指すとなると、全然足りない。
軍隊と言うのは維持費だけで。食べさせるだけで莫大な予算がかかるものだし、そこに装備や諸経費まで入れたら、万の軍隊を維持するには小国の国家予算レベルのお金が必要になる。
まして帝国は、二桁万の軍を動員できる国力を持っているのだ。そんな怪物を相手に戦うのに、お金はいくらあっても足りはしない。
商売の拡大について考えを巡らせながら、俺はもう一つの重要任務である手紙配達の任務を果たすべく、エリスの宿屋へと向かうのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・100万ダルナ(塩の売り上げは全部エリスに渡す予定)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×7
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)




