6 血の盟約
俺の逃亡計画にシーラを引き込むべく、背中を押す言葉を考える。
父親の敵討ちと母親の救出。ここに留まる動機が両親なら、出る理由は他に求めないといけないよね……。
「……なぁシーラ、妹の事が心配か?」
俺の言葉に、シーラは厳しい目をこちらに向ける。
「もちろんです」
「では妹のためにも、余と一緒に来ぬか? 正直、今の妹の立場はかなり危ういであろう。人質は二人も要らぬし、連絡が取れないというのもだ」
「…………」
「だがもしおまえがいなくなれば、妹に人質としての価値が出る。加えて、年に一回は母親と手紙を交わせるのであろう?」
「――――!」
シーラは最後の、『母親と手紙を交わせる』の部分にピクリと反応した。
そうだよね。たとえ検閲されて当たり障りのない事しか書けない手紙でも。
シーラにとっては母の枷になっている事を実感させられる手紙であっても、幼い妹にとっては母との繋がりになる。
俺の中にも母親と引き離された幼い皇帝の記憶があるので、母親を恋しく思う子供の気持ちは分かるつもりだ。
――妹の事はシーラもかなり気がかりだったようで、表情を険しくしてじっと考え込む。
皇帝の知識によると、後宮には将来の妃候補として10歳以下の子供もいるみたいなので、シーラの代わりに9歳だという妹が入ってきても、特別悪い事はないと思う。
次期皇帝がロリコンだったら知らないけど……そこは弟を信じよう。11歳の俺より歳下なはずだから、すぐにどうこうって事はないだろうしね。
将来的に貞操の危機はあるだろうけど、それはどこかに預けられていても変わらない。むしろ後宮の方が安全な可能性すらある。
……そんな事を考えていると、シーラの中で結論が出たらしい。真剣な表情でじっと俺の目を見てくる。
「一つだけ、もし妹の命に危険が及んだ時だけは、行動の自由を得るお許しを頂いてもよいでしょうか? それ以外は、皇帝陛下の御意向に従います」
「構わんが、命に危険が及んだ時だけでよいのか?」
「はい。状況を考えれば、それ以外はやむを得ません。濡れ衣であるとはいえ、謀反人の娘ですから……」
そう言って、悔しそうに唇を噛むシーラ。
「……わかった。その時には余もできる限りの力添えをすると約束しよう」
「恐れ入ります……。では皇帝陛下、改めましてこのシーラ・マイコール、皇帝陛下に忠誠を誓い、手足となって働く事をお誓い申し上げます……今は誓紙がありませんので、代わりにこれで」
そう口にすると、シーラはおもむろに左手の人差し指。その中ほどに歯を立てる。
――驚いて止める間もなく。滲み出てきた血を右手の指に取ると、服の一部を裂いて模様のようなものを書き。それを恭しく差し出してくる。
受け取って見てみると、文字なのか模様なのか微妙な所だ。
これがこの国の文字だとしたら俺は字が読めない事になるけど、皇帝の記憶を辿ってみると、元の世界でいう印章みたいなものらしい。署名落款の方が近いだろうか?
そして自分の血で書いた印章を捧げるのは、最大級の忠誠を誓う証なのだそうだ。
どうやら俺は、シーラからかなりの信頼を得る事ができたらしい。
嬉しくはあるけど、同時に責任重大だ。脱出に失敗して捕らえられて殺されましたなんて事になったら、目も当てられない。
俺はシーラの血で書かれた印章が記された布を大切にしまい込むと、改めて口を開く。
「それで具体的な話であるが、まずはここを脱出する方法。そして逃亡先について、なにか意見などはあるか?」
「……脱出方法は、外に出た時に馬一頭を奪って逃げるのが一番現実的な手段であると考えます。
路銀については、後宮内にある宝石などを持ち出せば良いでしょう。換金しやすく足が付かないよう、小さい物で数を揃えるのが良いと思います。
行き先は申し訳ありませんが、心当たりがありません。ですが国外まで逃げるべきでしょうね、たとえ宰相に反感を持つ者であっても、国内の有力者の元は危険すぎます」
「ふむ……では宝石は余が調達しよう。外に出る機会はありそうか?」
「作る事は可能でしょう。大抵の事は宮殿内でできますが、例えば皇帝陛下がどこそこへ行きたいなどと希望なされば、叶えられるはずです。護衛という名の監視がつき、それを振り切るのは容易ではないでしょうが」
「なるほど……ではそれを企画しよう。時期はいつごろがよい?」
「宰相の手の者に計画を気取られぬよう、準備が整い次第なるべく早くがよいでしょう」
「わかった……おまえの準備はどれくらいで整う?」
「体一つでここに放り込まれた身ですから、今すぐにと言われても大丈夫です」
「それは頼もしいな……ではこちらの準備が整い次第外出を企画するから、おまえもそれに同行し、機を見て実行に移すぞ」
「承知しました」
「うむ。逃亡先は可能な限り調べておくが……おまえに連絡を取るのはどうするのがよい?」
「恐れながら、連絡を取るのは危険です。今この状況が極めて特殊なのであって、普段皇帝陛下には絶えず傍仕えの女官がついており、彼女達は全て宰相の息がかかっています。
文章でやり取りしようにも、後宮において紙と筆記具の扱いは厳重です。隙もないでしょう。必要な事があれば今この場で全て決めてしまうのがよいと思います」
なるほど……だからシーラは服を破って印章を書いたのか。
「わかった、では連絡を取るのは避けるとして……他国の情報を調べるのも危うかろうな?」
「はい。皇帝陛下の行動は全て宰相に報告が行くと考え、注意を引く言動は避け、くれぐれも慎重になさってください」
「うむ……」
なんか、思った以上に厳しそうだ。
そりゃ皇帝なんだからいつも誰かが付いていても不思議はないけど、それが全員監視役なのか……。
皇帝が伝染病で隔離されている今の状況は、ホントに千載一遇なんだね。
俺はその千載一遇の好機を最大限に活かすべく。シーラと計画の詳細を詰め、アドバイスを貰う。
話が終わった所で、俺はたった今目覚めた事にし。シーラが連絡に走る事になった。
最後に硬く握手をして計画の成功を誓い合い。俺達はしばらくの間、無関係を装って暮らす事になる。
そう遠くない計画実行の日まで、雌伏の時を過ごすのだ……。
現時点での帝国に対する影響度……1.2%
資産
・特になし
配下
シーラ(部下)