57 二度目の交易へ
大量に生産した塩を持って、俺達は再びアルパの街へと向かう。
山越えも四度目となると多少慣れてきて、俺が山道を進む速度もかなり上がった実感がある。
――と言っても、山の民であるエルフのティアナさんや、体力お化けのシーラに比べると全然だけど、足を引っ張らないくらいにはなりつつある……と思う、多分。
もっとも、結構な頻度でヤバい強さの魔獣に遭遇するので、シーラかティアナさんの護衛なしでの山越えは絶対無理だけどね。
それはある意味北の拠点に敵が来難いという事でもあるけど、通行が不便なのは困った問題だね。
ここは大山脈でもわりと東寄りなはずなので、将来的には山脈の東端を回る東周りの交易ルートとかを開拓してみるのもアリかも知れない。
多分帝国領に繋がってるから、リスクはあるけどね……。
そんな事を考えながら今回も無事山を越え、いつものエルフさんとの遭遇地点が近付いてきた。
村から追放されているティアナさんは住民との接触を避けて大回りルートを取るけど、いつも会うエルフの男の人はティアナさんの知り合いっぽいので、会ってみるのもアリだと思うんだけどね……。
その案件も含めて、今回は手紙を預かれると思う。
今度の交易ではティアナさんからエリスへ、エルフの男の人からティアナさんへと手紙を運ぶ仕事もあるので、ちょっとした郵便屋さん気分だ。
……相変わらず俺には気配とかさっぱり分からないけど、シーラが気配に気付いて間もなく。いつものエルフさんが姿を見せる。さぁ、商談の時間だ。
「ご無沙汰してます。今回はこれで手に入るだけの傷薬と、石製の木工道具一式を交換して欲しいんですけど、お願いできますか? あ、ちなみに木工道具は知り合いのエルフさんが使う事になると思います」
さりげない感じでそう言って、俺が運んできた塩一袋を渡す。
「……わかった」
エルフの男の人はそう返事をし、森の中に姿を消す。
あまり部外者を村に近付けたくないみたいだし、主に俺の移動速度の都合で、必要な物が決まっているなら持って来てもらった方が速いからね。楽だし。
しばらく待っていると、エルフの男の人は大小二つの箱を持って戻ってきた。
「これでどうだ?」
「ええと……どっちが薬ですかね?」
「小さい方だ」
そう言われて小さい方の箱を開けてみると、薬瓶が五本入っている。前回は三分の一で二本だったので、大工道具も考えると大体同じ交換レートだ。
「はい、ではこれでお願いします」
あっさり商談が成立して、箱二つを担ぎ上げると。エルフさんは『木工道具は確認しなくていいのか?』と言葉を発した。
「出来が悪くない事は信頼していますよ。そしてなんとなくですが、使う人に直接渡した方がいい気がするので、このまま頂いていきます」
「……そうか」
エルフさんはつぶやくようにそう言ったきり、それ以上言葉を発しなかったが、ちょっとだけ感情が柔らかくなったような気がした。
俺が提案した手紙を忍ばせる作戦とは言え、さすがに手紙を盗み見るのは気が咎めるからね。
どんな内容だったかは後日ティアナさんに訊いてみるつもりだけど、話してくれるかどうかはティアナさん次第だ。
そんな訳で塩一袋を箱二つと交換し、背中がちょっと重くなったのを感じながら、アルパの街に向かって山を下っていく。
少し行った所でティアナさんと合流し、とりあえずそのまま、街が見える場所まで進んで一旦荷物を降ろす。
この先はティアナさんが来られないので、俺達だけで荷物を運ばないといけない。
合計100キロ以上あると思うので、さすがに一回で運ぶのは無理だろう。
複数回に分けて運ぶ手もあるけど……。
「ねぇシーラ。街に戻って、メルツと荷物運びができそうな孤児……冒険者見習い達を呼んできてくれない? ここなら山でも浅い所だから危険は少ないし、実地訓練にもなると思うんだ。
メルツと一緒に、護衛と指導もやってあげてくれるとありがたいんだけど」
「承知しました。ですが今からですと、ここへ連れて来てまた街へ戻るまでに日が暮れる可能性があります。子供に夜間行動は危険ですので、戻るのは明日でもよろしいでしょうか?」
「うん、もちろん。悪いけどよろしく、気を付けてね」
「アルサル様こそお気をつけて」
シーラはそう言いながら視線をティアナさんに向けたが、これはティアナさんを警戒している訳ではなく、しっかり護衛してくれよという意味だろう。
この一か月でシーラとティアナさんは信頼関係と言うか、弓術の師弟関係で結ばれたみたいだからね。
ティアナさんも『了解』とばかりに深く頷き、街に向かうシーラを見送った後、俺は改めてティアナさんに向き直って、箱を差し出す。
「ティアナさん。これ、エルフが使う石製の木工道具です。エルフは金属を嫌うみたいなので、これの方が使いやすいかなと思いまして」
「わぁ、助かる。ありがとう!」
「いえ……ところで、道具箱の中身を確認してみてください。俺は少し席を外していますから」
「え? ダメだよ。シーラちゃんによろしくって頼まれてるもん。アルサル君は私の目の届く所にいなきゃダメ」
……ちょっとヤンデレヒロインみたいなセリフだなと思ったが、シーラに頼まれていたのは間違いない。
そもそも、麓とは言えここは森の中。それも境界的には山に分類される、山裾の森の中なのだ。
危険な魔獣が沢山いて、シーラかティナさんの護衛がないと俺なんかあっという間にエサにされてしまう。
「あー、えっと……じゃあ俺は夜営用の焚火を用意していますから、その間に中を確認してみてください」
「うん……?」
ティアナさんは少し首を傾げつつ、それでも俺の言う通りに箱を開ける。
カナヅチ・ノコギリ・ノミ・カンナ……次々と取り出される大工道具に目を輝かせているのは、木工が得意である以上に好きなのだろう。
村から追放されて放浪生活だった間は、満足な道具がなくてあまりできなかっただろうからね。
近くで薪を集めながらチラチラ様子を見ていると、道具を全部取り出してひとしきり眺めた後。箱の底にあったらしい、丁寧に折り畳まれた紙を取り出す。
中を開いたティアナさんは表情を変えて俺を見たが、気付かないふりをして薪を集め続けていると、ティアナさんも事情を察したのだろう。なにも言わずに手紙に視線を落とす。
……どんな事が書いてあって、ティアナさんはどんな反応を示すのか。
俺は期待と不安を胸に、そっと様子を窺うのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・100万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×7
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)




