55 信頼関係とライバル意識
エリスの母親である、エルフのティアナさん。
まだ信頼関係は欠片も構築できていない気がするけど、とりあえず仲間に仮加入してもらって山を登る。
エルフは身体能力が高いというのは本当らしく、シーラよりも重い荷物を背負って、シーラよりも機敏に山道を登っていく。
魔獣の接近もシーラより先に察知して、弓矢の一撃で仕留めてくれた。
それを見て対抗意識が湧いたのか、シーラがすごく悔しそうにしていたので、なぜか俺が『エルフは山の民だからさ、相手の得意な領域で勝てないのはしょうがないよ』と慰める事になった。
これも参謀の仕事だろうか? もしくは上官としての皇帝の仕事かな?
……それはともかく、おかげで行程は非常に順調に進……んでいたのだが、しばらく行った所で不意にティアナさんが立ち止まり、荷物を降ろしてしまう。
おや、早くもストライキかな? と思っていると、俺を見て言葉を発した。
「これ以上進むと村の者に見つかってしまいます。私は村を追放された身ですから……」
ああなるほど、そういえばもうすぐエルフのお兄さんに遭遇するポイントだね。
「ええと、じゃあ見つからないように大回りして先へ行っててもらえませんか? 俺はエルフさんに用事があるので」
「……目的地はエルフの村ではないのですか?」
「え、違うよ。山を越えてさらにその向こう。海がある辺り」
「北の地は数年前から瘴気に覆われていて、近寄る事もできないはずですが?」
「ああ、それならもう消えたよ。今は俺達の拠点がある……って、信じてなさそうだね」
「…………」
「とりあえず行ってみれば分かるよ。この先で待ってて……そうだ、いつもこの先で会うエルフの男の人、ティアナさんの知り合いみたいなんだけど、なにか伝言とかあります?」
「――――特にはなにも……」
う~ん……なにかありそうな感じだったけど、伝える事はできないのか、それともまだ俺を信用していないのか。
どちらにしても慌てる事はないし、時間をかけて解決していこう。
そんな事を考えながら一旦ティアナさんと別れ、山登りを再開する。
少し行くとティアナさんの見立て通り、いつものエルフさんが姿を現した。
「すみません、傷薬が欲しいんですけど、これで交換できませんかね?」
そう言って袋に三分の一ほど残っている塩を出すと、エルフさんは『少し待っていろ』と言い置いて姿を消し、すぐに薬瓶二本を持って戻ってきた。
「これでどうだ?」
「ありがとうございます……効果ってどのくらいですかね?」
「腕の欠損くらいなら回復する。人族が使った場合の効果は知らん」
おお、街で上級傷薬が手に入らなかったからなにか近いものをと思ったけど、完全な代替品が手に入ったかも知れない。
しかもそれが二本で塩を袋に三分の一とは、破格の安さだ。
エルフってなんか、薬作るのとか得意そうだもんね。
問題は人間への効果が未知数らしい事だけど、こればっかりは実験してみないと分からない。まさか毒にはならないだろうけど……。
ひょっとしたら街で塩を売るより、エルフに塩を売って薬を買い、それを街で売った方が儲かるのかもしれないね……いや、難しいかな。
村の人口がどのくらいか知らないけど、塩の需要には限度があるだろうから、大量にあるだけ買い続けてくれるとはいかないだろう。
薬は貴重なものだから、量が限られるなら俺達が使わせてもらった方がいい。将来的に戦いをするなら、いくらあっても困る物ではないからね。
そんな事を考えながら取引を終え、北の拠点への道を急ぐ……前に、わざとらしく独り言を口に出す。
「そういえばさっき、人間の娘がいるというエルフさんと会った気がするな。元気そうだったし、しばらく一緒に行動する事になったので、次の交易の荷物に手紙とか混じっていたらその人の手に渡っちゃうかもしれないな……」
――エルフさんの顔色が変わるのを確認し、俺はシーラを促して山登りに戻る。
表向きは村の掟があるから、追放された人と連絡を取ったりできないだろうけど、うっかり手紙が紛れ込んじゃうのはしょうがないもんね。
そんな見え透いた繕いだけの伝言を残し、俺達は山登りを再開する。
しばらく進んだ所で、『シーラ、あのエルフさん付いて来てる?』と訊いてみたが、『私に分かる範囲では来ていません』との事だった。
ティアナさんの時を考えると、シーラに感知されないレベルで付いて来ている可能性も皆無ではないけど、可能性は低いと思う。
村の掟を重要視していて、簡単に破るような人ではなさそうだったからね。
次にここを通るのは何十日か後になると思うけど、エルフの寿命を考えれば。
ティアナさんが村から追放されてしまってからの時間を考えれば、そんなに長い時間でもないだろう。
心を整理して、落ち着いて手紙を書いて欲しい。
再開した山登りは気持ち足取りが軽いような気がして、順調に上っていると、しばらくしてシーラがティアナさんの気配を察知し、無事合流できた。
シーラとティアナさんは相変わらず強く警戒し合っているようだけど、争う理由は特にないはずなので、時間が解決してくれるだろう……と思っていたのだが、その日の夜。夜営をする段になって、シーラとティアナさんは別々に夕食を作り始めた。
一緒に作って一緒に食べればいいと思うのだが、毒を盛られたりするのを警戒しているのだろう。
特にティアナさんは、眠り薬でも飲まされて拘束されたら、そのまま売り飛ばされちゃうリスクがあるものね。
今はまだしょうがないかと思いながら、とりあえず二匹ある塩分たっぷり干魚の内、一匹を提供する事にした。
エルフにとって塩は貴重な物らしいし、村から追放されて一人で山中を彷徨っていたのなら、塩を手に入れる機会もなかっただろう。
ティアナさんは思いっきり警戒する様子を見せたが、塩分の魅力が勝ったのか、とりあえず受け取ってくれた。友好度プラス1という所だろうか?
ご機嫌でそんな事を考えていると、ティアナさんが作ったスープを一杯、俺の所に持ってきてくれる。
おすそ分けだ、これは早くも友好度プラス2だね、いい感じだ……と思っていたのだが、ティアナさんの全力で警戒する表情を見て気付いてしまった。これ、毒見ですわ。
そんなに早く信用される訳なかったか……とちょっと悲しい気持ちになりながら、スープを口に運ぶ。
「――ん、美味しい。エリスの料理と同じ味がする」
なるほど、この世界ではあまり見ないタイプだと思っていたエリスの料理は、エルフ族の伝統料理だったんだね。
干魚と山菜が入ったスープを完食し。お椀を返しながら言葉を発する。
「ごちそうさまでした、美味しかったです。エリスが作る料理と同じ味がしましたけど、あの料理はティアナさんが教えたんですか?」
「……あの子がまだほんの幼い子供だった頃、数年間だけ一緒に料理をできる時間がありました……あんなに小さい頃の事、覚えていたのですね……」
お、初めて柔らかい表情を見せてくれた。これでようやく友好度プラス1くらいだろうか?
エルフが言う『幼い頃』が人間で言う何歳くらいかはちょっと気になる所だけどね……。
他にも色々訊きたい事があったけど、それは追々という事にして。シーラが作ってくれた夕食も食べて、こちらも美味しいと褒めておく。
なんかティアナさんに対抗意識燃やしてるみたいだからね……。
やってる事がタチの悪い二股男みたいだなと思いながら。これも参謀の仕事の内と自分に言い聞かせて、俺はお腹パンパンになるまで夕食を詰め込むのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・100万ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
・エルフの傷薬×2
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(部下・反乱軍拠点訓練担当・E級冒険者)
メーア(部下・反乱軍拠点メンタル担当・E級冒険者)
エリス(協力者・反乱軍拠点運営担当)




