5 シーラの計画
シーラが胸に秘めている覚悟。宰相を殺して母親を取り戻す計画について、覚悟を決めて内容を聞く事にする。
話をうながすと、シーラはゆっくりと口を開いた。
「最初に、『宰相の女の好みは人の妻と皇帝の母親』と話したのを覚えておいでだと思いますが、宰相は即位した皇帝の母親を自分の屋敷に連れて行き、愛人にするのが常です。
つまり私がここで皇帝陛下のご寵愛を賜って子を成し、その子が皇帝に即位すれば、私が宰相の元に呼ばれるという事です。そしてその時が、復讐の時だと心得ております……」
ああ……やっぱりそうなるよね……。
そして『皇帝の母』というワードに、俺の心が妙にざわつく。
わずかに残っている皇帝の意識が、母親の消息に反応したのだろう。
即位以来会えなくなって、寂しく思っていたのは知っていたけど、まさかこんな事になっていたとはね……。宰相やりたい放題過ぎるだろう。
体を引き継ぐ形になってしまっている以上、これは俺にも宰相を倒す理由ができてしまったかもしれない。
……だけど今は、シーラの事だ。
「シーラ、おまえはその為に後宮に入ったのか?」
「いえ、おそらくは宰相の命でここに入れられました。逃亡が難しく、監視もしやすいからでしょう」
「そうか……」
修羅場をくぐってきているとはいえ、14歳の少女であるシーラの考えではそうなのかもしれない。
だけど18歳未満閲覧禁止の漫画とか小説とかを色々読んできた俺は、もっと嫌な想像をしてしまう。
そもそも宰相は好きなタイプが人妻と皇帝の母という時点で、略奪欲とか征服欲とかが強そうだし、高貴な地位の女性も好きなのだろう。
そしてそれを強引な手段で手に入れている事からすると、女性を支配的に扱う加虐趣味とか持っていそうだ……。権力を持たせてはいけない、厄介なタイプの変態の可能性がある。
そしてシーラを後宮に入れたのが、その宰相の差し金なのだ。
シーラが復讐を志すだろう事は当然計算の内で、むしろ自分好みに育ったシーラが手元に来た所を……という想像までできてしまう。
頭の中に『親子丼』という単語が浮かんでくるが、当然鶏肉と卵じゃない方のやつである。
シーラが皇帝の子供を産んで、その子供が皇帝になって……と考えると多分10年以上先の話で、その時シーラの母親が何歳になっているか知らないけど、熟女趣味ならいける範囲だと思う。
……そんなえげつない想像をし、杞憂であってくれればいいと思うが、可能性は低くないと思う。
大体、シーラが後宮に入れられている事自体がおかしいのだ。母親への脅しに使うだけなら、どこかに監禁しておけば済む。
それをわざわざ復讐の可能性が見えてくる場所に置くなんて、誘っているとしか思えない。
――だとしたら、シーラの計画は最初から宰相の手の平の上という事になる。
自分の身を犠牲にし、長い時間を耐えてやっと本懐を遂げようとしたら、敵の罠の中。
その絶望はどれほどのものだろうか? そして宰相は、それを楽しもうとしている気がする……。
全部俺の妄想ならいいんだけど、本当にありそうなのが怖い所だ。
……そしてできる事なら、俺はシーラを守りたい。
父親の復讐と母親の解放という重い決意を胸に抱いていたのに、熱病にかかって死にかけの皇帝を命がけで看病してくれたシーラ。
まだ子供を作る事ができない皇帝だし、一人死んでもいくらでも次がいるから、目的を達するだけなら俺にこだわる必要なんてなかったのに。
ただ純粋に死の淵にいる子供を哀れんで、死病に感染するリスクを侵して看病してくれたのだ。
そんな優しくていい子を、宰相の欲望のために悲惨な目に遭わせたくはない……。
そしてもし宰相の罠が俺の杞憂だったとしても、復讐を遂げたシーラはきっと、その場で殺されてしまうだろう。
宰相の屋敷の寝所で宰相を殺して、無事で済むはずがない。
それはそれでシーラは本望かもしれないが、俺的にはバッドエンドだ。俺はシーラを死なせたくはない。
その為には、かわいそうだけど今の計画は諦めてもらうしかないよね……。
「……なるほど、おまえの考えはよく分かった」
重々しくそう言った後、少し時間を置いて言葉を続ける。
「おまえが計画を話してくれたのだから、こちらも話そう。……余は一旦ここを脱出し、国外に拠点を作って力を蓄え、しかる後に宰相を討ち滅ぼしたいと考えておる。
脱出するだけでも容易ではなかろうし、逃げ延びた先で力を蓄えるのも時間がかかるだろう。10年か、それ以上かかるかも知れん。成算も怪しい。
だがその上で頼みたいのだが、同じ10年の時をかけるのなら、共に来て余に力を貸してくれんか?
一緒にここを脱出したら、おまえの計画は遂行できなくなってしまう。二者択一の選択だから無理にとは言わんし、これは皇帝としての命令ではなく、同志としてのお願いだと思って欲しい。……だが今の余には、おまえ以外に頼れる者がおらんのだ……できれば一緒に来て欲しい」
俺の言葉に、シーラはじっと考え込む。
正直勝算なんて全くないし、逃亡計画にその後を付けただけで、具体的な計画もない。どこに逃げるかさえも決まっていない。
シーラが胸に秘めている計画より大雑把で、いい加減で頼りない計画だろう。だけどもし成功したら、シーラが生き残る事ができるのだ。
武家の娘だと言っていたので、皇帝の子を産んで宰相の元に呼ばれるのを待つルートよりも、辺境で独立勢力を作って戦う方が性に合っていると思う。
復讐のために好きでもない男の子供を産むよりも、マシだとも思う。
……だけどシーラはすぐに答えず、迷っている様子だ。
水を飲ませてもらって少し体力が戻ってきたので、頭を持ち上げてシーラの全身に目をやってみる。
後宮の要員だからなのか、踊り子が着るような薄い半透明の布を纏っていて、体のほとんどの部分が透けて見えてしまう……。
恥ずかしいのを抑えて観察すると、来たるべき日に備えて鍛錬を続けているのだろう。よく引き締まった筋肉質の綺麗な体をしている。
さすがに腹筋が割れているほどではないけど……いや、うっすら割れてるかな?
多分、後宮要員として皇帝の寵愛を受けるのに問題がない程度に、こっそり体を鍛えているのだろう。
いつか父親の無念を晴らし、母親を助け出すために……。
だけどその努力は一瞬に賭ける宰相暗殺よりも、俺と一緒に来た場合の方が活かす機会があると思う。
上手くいけば軍隊を組織したりする訳だし、将軍の娘であれば兵法とかも知っているかもしれない。
実力を活かせるのは絶対こっちだと思うんだけど……迷っている様子なのは、俺に対する信頼が足りないのか。
あるいはなにか、他に気がかりがあるのか……。
俺はなんとかシーラに一緒に来てもらうべく。背中を押す言葉を考えるのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……1.2%
資産
・特になし
配下
シーラ(協力者)