47 人間と交易
エリスの帰りを待つ間、俺とシーラは街へと出かける。
エルフ達はお金を使わないし、北の大地ではなんの役にも立たなかったけど、ここでは金貨が力を発揮するので、仕入れもできるはずだ。
輸送手段が限られるから、いっぱい買っても運べないけどね。
……そんな訳で、まずはメルツの治療に使った上級傷薬の補充に向かう。
「ええと……シーラ、薬屋さん知ってる?」
「はい、ご案内します」
一年以上住んだ街だけど、俺はほとんどの期間本を読んで勉強していたので、街の地理がさっぱり分からない。
宿と、本を仕入れてもらっていた商会の往復くらいだ。
一方のシーラは、迷う様子もなくスイスイと進んでいく。
薬屋は冒険者と縁が深い場所なので、よく知っているのだろう。
シーラは方向感覚が鋭いし、気配探知にも優れているから、帝国兵との遭遇回避も含めて、任せて安心だ。
これから行くのは、商業地区でも高級店が並ぶ街の西側。
門で警告された、帝国兵が多い場所だからね。
……という事でシーラの案内と警戒の下、街で一番大きな薬屋にやってきたのだが、棚はガラガラで、上級傷薬はおろか中級も置いていなかった。
初級傷薬なら少しあると言われたが、それも以前の三倍の値段。
直接戦闘がなかったとはいえ、侵略を受けて占領された街だ。需要があったのだろうし、買い溜めもされたのだろう。略奪の被害に遭ったかもしれない。
一応入荷予定も訊いてみたが、全く未定との事。調合ができる人はいるが、材料が手に入らないのだそうだ。
他にも二軒薬屋を回ってみたが、状況は全く同じだった。
仕方がないので薬屋を諦め、街で一番大きい商会へ行ってみる。俺が本を仕入れてもらっていた、馴染みの店だ。
そこなら場所が分かるので、シーラの先導なしで歩いていたら、あと少しという所で不意に肩を掴まれた。
振り向くと、シーラが無言のまま小さく首を左右に振る……どうやら危険があるらしい。
物陰に身を隠し、そっと覗いてみると、立派な商会の建物には帝国の旗が翻っていた……。ああなるほど、接収されてしまったか。
領主館だけでは飽き足らず、街で二番目に立派な建物だったここも接収したのだろう……民間施設だと思うのだが、その辺気にしないんだろうね。占領軍はやりたい放題だ。
近くにいた人に訊いてみると、商会は別の場所に移って営業中らしいので、そちらに向かう。
移転先は街の南西にあって、元は商会の倉庫だった場所らしい。
中に入ってみると、なるほど倉庫だったらしい広い空間に木箱が積まれていて。満足なテーブルもない中、あちこちで店員と客が立って商談をしたり、木箱に座って話し込んでいる。
たくましいね……。
そう思って眺めていると、本を買っていた時によくお世話になった店員さんがいた。
ほとんど同時に向こうも俺の姿を見つけたらしく、以前と同じビジネススマイルを浮かべてこちらにやってくる。
「アルサル様、お久しぶりです。ご無事でなによりです……が、申し訳ありません。本の入荷は現状全く……」
「いえ、それはいいんです。今回は商談に来ました、上級傷薬はありませんか?」
「傷薬は……今難しいですね。注文は沢山ありますが、他の街でも不足しているので買い付けができません。材料さえまともに入荷してこない状態です」
――まぁ、王国全部が占領されてしまったのだから、どの街も同じような状況だよね。命綱がないようで不安だけど、今は諦めるしかないか。
「そうですか……では話変わって、塩が少しあるんですけど買い取ってもらえませんか?」
「塩も今は入荷が……って、買い取りですか?」
「はい。……あ、もしかして小口の買取はしていませんか?」
「それは小口の規模によりますが、塩なら今は少量でも大歓迎です。物を見せて頂けますか?」
「どうぞ」
シーラから塩の袋を受け取り、そのまま渡す。
もう一袋、三分の一くらい残っているのもあるが、あれは帰りにエルフの集落に寄って薬と交換してもらおう。どのレベルの物になるかは分からないけどね。
店員さんは袋を受け取ると、『どうぞこちらへ』と言って、俺達をカウンター……と言うにはちょっと貧相な、棚を改造したテーブルへと案内する。
仮造りではあるけど、この空間ではトップクラスに上等な席だ。大事にしてもらっているという事なのだろう。
「中を確認させて頂きますね」
店員さんはそう言って、用意した箱に中身を移す。エルフとの交易でもそうだったけど、やっぱり確認は基本なんだね。
感心して見ていると、店員さんは塩を掬ってまじまじと観察し、俺の許可を得て一つまみ味見をし、重さを量る。
「……これでしたら、銀貨30枚でいかがでしょうか?」
銀貨30枚と言うと、30万ダルナか。以前の相場と比べるとかなり高い。
ざっくり計算だけど、占領前の販売価格の倍くらいだ。
これが買い取り価格である事を考えると、相場は三倍とか四倍になっているのではないだろうか?
品薄で飛ぶように売れる状況なら直接売るという手もあるけど……あまり目立ちたくないな。
帝国兵に目をつけられたりしたら、元皇帝だとバレる事はないにしても、単純に危険だし、シーラが大人しくしていない気もする。
今後の事も考えると、大きな商会との関係作りもかねてここで売った方がいいだろう。
――ただし、値段は要交渉だ。
「30枚はちょっと……銀貨50枚でどうですか?」
「わかりました、ではそれで」
「こちらも遠くから危険を冒して運んできた品ですので、あまり安くは……って、あれ? いいんですか?」
「はい、支払いは銀貨50枚か半金貨1枚か、どちらをご希望ですか?」
「ええと……じゃあ銀貨50枚で」
「承知しました、しばらくお待ちください」
店員さんはそう言って、店の奥へと消えていく。
向こうの提示が銀貨30枚、こっちの希望が50枚で、押し問答を繰り返して最終的に40枚くらいでまとまるかと思ったのに、まさかの即決だった。
……これは、銀貨50枚でも安かったという事なんだろうね。
銀貨50枚は50万ダルナ。一般的な街の住民の月収二~三か月分くらいのはずで、物不足の深刻さが痛感される。住民の生活が心配になってしまうね。
早く状況が落ち着くといいなと思うが、俺としては塩を売るなら高いに越した事はない訳で、ちょっと複雑な気持ちだ。
…………というか、いい事思いついた。
俺がいっぱい供給して値段が下がれば、俺は儲かるし街の人も助かるしで、一番理想的だ。よし、なるべく早く帰って塩の増産に着手しよう。
――思わず商人の使命に目覚めかけてしまったが、あくまで最終目的は帝国の打倒で、お金儲けはその下準備に過ぎない。
皇帝としては住民の生活を安定させるのも重要な仕事だが、今の俺は皇帝ではない。
必要とあれば、生活が苦しい住民の不満を利用して、帝国への反発を煽る。
そんな事を考えないといけない立場なのだ。
目的と手段が入れ替わってしまわないよう、もう一度目的を再確認し、シーラとの約束を思い出す。
お金を持って戻ってきた店員さんと、俺は資金作りのために商売の話を続けるのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1096万8680ダルナ(+50万)
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)




