43 エルフと交易
大山脈にあるエルフの村近く……だと思う場所で再会したエルフの男性。
人間とエルフのハーフであるエリスの母親に縁があると思われる、例の人だ。
その話もしたいけど、前回からなにか進展があった訳でもないし、とりあえず置いておいて今は交易の話だ。
「えっと……お久しぶりですね。お変わりありませんか?」
「…………」
おっと、ガン無視だ。相変わらず友好度が限りなくゼロに近い。
だけど元アラフォーサラリーマンたる者、お客さんの塩対応くらい慣れたものなので、眉一つ動かさずに本題に入る。
シーラから塩が詰まった袋を一つ受け取り、それを手に言葉を発する。
「今日は交易に来ました。塩を持って来たので、物々交換をお願いします。こちらの希望は、水を汲む道具と食器類、工具なんかです。あれば大きな樽なんかも欲しいですが、持って帰る方法がないので、人手を貸して頂けると大変助かります」
愛想よく、簡潔に用件を伝えて反応を見る。
「……おまえ達は北に向かったのではなかったのか? あそこは瘴気に侵されていて、住めるような場所ではなかっただろう?」
「瘴気はもう消えました。疑うなら見に行ってみてください。この塩も瘴気の影響は受けていませんよ、少し差し上げますから試食にどうぞ」
そう言って袋を開き、手近にあった大きな葉っぱに少し盛って見せる。
この袋は海狸族の人達が魚の胃袋を加工して作ったもので、防水機能があってビニール袋みたいに使えて便利なのだ。
ただ、灯油を入れてみたらなぜかカチカチに固くなって、ひび割れる感じで漏れてしまった。
理屈はよく分からないけど、相性が悪かったようだ。
元の世界でも油でゴムが劣化するとかあったので、そういうものだと納得するしかない。
そんな事を思い出しながら相手の様子を窺うが、警戒しているのか近寄ってくる様子がない。
仕方がないので塩を一つまみ舐めて見せ、毒ではない事をアピールした上でそっと地面に置いて、後ろに下がる。
なんか、懐かないペットへの初期対応みたいだね。
元の世界で、うちに来たばかりの犬にこんな対応をしたなと思い出して懐かしい気持ちになる。
……思い出に浸りながら様子を見ていたら、エルフさんが警戒する様子を見せながら近付いてきて、塩を舐める。ホントに懐かないペットみたいだ。
「――旨い」
思わず口を突いて出たような、素の声。
どうやら反応は上々のようだ。焦がさないように気をつけて、丁寧ににがりを分離したからね。
「こちらが求める品はさっきお伝えした通りですが、なにか条件に合う品はありますか?」
ここぞとばかりに押し込むと、短い沈黙のあとで返事が返ってくる。
「人手を出すのは難しい。北は瘴気に侵された死の大地だという情報が広まっているから、誰も行きたがらないだろう。
交易品に関しては……ついてこい」
そう言って残りの塩を丁寧に包んで仕舞い込むと、俺達に背を向けて歩きだす。
……道のない森の中をしばらく歩くと、少し開けた場所にわりと大きな建物があった。
辺りを見回してみるが、建物は一つだけで村という感じはしない。交易所とかだろうか?
「他のエルフと会う事があっても、村を追放された者の話は絶対に出さないように」
そう注意を受け、建物に近付いていく。
エリスの母親の件は、タブーみたいな扱いになっているようだ。
――建物の入口には誰もおらず、鍵も掛かっていなかった。
普通に扉を開けて中へ入ると、かなり広い空間にギッシリと、様々な物が詰まっている。
他のエルフさんの姿は……見当たらないな。
「ここは倉庫だ、欲しい物があれば選び出せ。値段は後で交渉しよう」
「自由に見ていいんですか?」
「構わん」
「それはありがたいです。シーラ・メーア、二人も必要なものを探してきて」
そう言うと、二人は頷いて倉庫の奥へと向かう。俺も早速必要な物を探すが、同時に案内のエルフさんとの会話継続も試みてみる。
「ここは交易品の倉庫なんですか?」
「普段使いと兼用だ」
「なるほど、交易に来る人はどれくらいですか?」
「一年に二・三回といった所だな」
「なるほど、倉庫は他にも?」
「そこまでは答えられん」
おおう、多少打ち解けてくれた気がしたけど、村に関する事は秘密みたいだ。
まぁ、交易相手と襲撃者の見分けは難しいだろうからね。警戒されるのはしょうがない。
「入口に見張りいませんでしたし、鍵も掛かってませんでしたけど、泥棒とか来ないんですか?」
「見張りはいるが、扉の前に立つ必要などないだろう。泥棒は知らんが、ここには食料もあるから魔獣が荒らしに来る事はある」
ああなるほど。エルフさん達は遊撃型だから、扉の前に張り付いて襲撃者に見つかるよりも、姿を隠して辺り一帯を見張る方が効率がいいのだろう。
俺達も約束をして来た訳でもないのに、村からかなり離れた場所で捕捉されたもんね。
多分この倉庫の周りにも見張りをしているエルフさんがいて、俺達は見られているのだろう。
……そういえばシーラが、途中でピクッと反応してあらぬ方向に視線を向けていたけど、あれは見張りの気配に気付いたんだろうね。
エルフと同等の探知能力とか、やはりすごい。
改めてシーラへの評価を高めながら、バケツ・柄杓・お椀などをチョイスする。
さすがエルフが作った木工品だけあって、どれも見事な出来栄えだ。
他に布や紐、ノコギリやノミ、ハンマーみたいな工具類も選ぶが、交換レート次第では諦める事になるだろう。
白石油の精製に良さそうな樽もあるが、大きくて運べないし人手は借りられないみたいなので、今回は断念する。
金属を使わないエルフらしく、土鍋みたいな鍋もあるけど、あれは重そうなので見送りだ。人間の街で鉄製の鍋を調達しよう。
いつか、みんなで鍋を囲むのも悪くないと思うけどね……。
そんな幸せな想像をしながら品を選び終え。シーラも槍や弓矢などの武器、砥石、手入れ用なのだろう油を持って。
メーアも調味料や、ドライフルーツみたいなもの。布や糸などを持って戻ってくる。
指輪や首飾りみたいな装飾品、宝石っぽいものもあったけど、状況を理解してくれているのか、持って来た塩だけではとても足りないと判断したのか。それらをスルーしてくれたのはありがたい。
……メーアはともかく、シーラは本当に要らないと思ってそうだけどね。
――さて交換希望品は揃った訳だけど、レートはどのくらいになるだろうか?
なにが高価かもよく分からないけど、武器や布は高いかもしれない。
この先の交易計画全体に関わってくるので、ここでの値段はとても重要だ。
集められた品を確認する案内のエルフさんを、俺はちょっとドキドキしながら見守るのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1049万8680ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者 アルパの街に残留)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)




