42 第一回交易の旅
新拠点での生活が始まって二か月ほど。生産した塩がある程度の量貯まってきたので、初めての交易に出る計画を立てる。
目的地はエルフの村と、人間の街アルパ。
こちらから持って行く物は、塩と干魚。干魚は海狸族のタリンさんに貰った魚を、メーアが塩漬けにして干した物だ。
灯油は運ぶ容器がないので、今回は見送り……と言うかそもそも生産する設備がないので、まだ大量生産ができていない。
それらを手に入れる事が今回の交易の目的だ。
調達目標物は、塩作り用の鍋とバケツ、白石油の精製に使う大きなタル的なものと、できた灯油を入れる容器。そして沈殿物を濾し採る布。
どちらの作業にも使うと思うので柄杓を複数と、灯油ランプやストーブの部材、特に芯になる紐。
あとは食器や日用品、工具などだ。
量が多くて運べない気もするので、大きいタルなんかは優先度を下げて、可能ならとする。
本当は木工が出来る職人さんをスカウトして、現地で生産してもらえたら一番いいんだけど、大山脈でさえ魔獣が出る恐ろしい場所だと思われているのに、更にその向こうの僻地に来てくれる人なんて中々いないだろう。
なにか訳ありで追われる身とかなら可能性あるかもしれないけど、そういう人はこっちが困る。
メルツみたいな同情できる事情ならともかく、人を殺したとかお金を盗んだとかだったら、一緒に暮らすの怖いもんね。
人手は欲しいけど、信用できる人であることが大前提だ。将来的に灯油を売る場合、できるだけ独占販売したいから、情報を流されると困る。
そう考えると、人手の募集は難易度が高そうだよね……。
そんな事を考えながら準備を整え。シーラ希望の武器と手入れをする道具。メーア希望の塩以外の調味料も調達リストに加えて、拠点を出発する。
まずはエルフの村、そしてアルパの街まで足を伸ばす予定なので、久しぶりにメルツに会えるメーアはとても嬉しそうで、足取りも軽い。
……とはいえ、アルパの街は帝国軍に占領されてしまったのだ。
どうなっているか分からないけど、無事に元気でいてくれるといいね……。
ちなみに海狸族の皆さんにも欲しい物を訊いてみた所、『戦士が使う銛以外は特にありません』と言われてしまった。
手掴みで魚を獲るし、魚は基本丸齧り。保存用には開いて干すけど、爪が刃物のように鋭いので包丁やナイフを使わなくても魚をさばけて、塩は海に直接浸ける。
住まいは自慢の歯で齧り倒した木で作るし、果物を発酵させたお酒作りは、大きな魚の胃袋で作った袋でやっている。
ほぼ完全に自給自足で、本当に必要な物がないらしい。
だけどお世話になってばかりではさすがに申し訳ないので、シーラの物とまとめて武器を調達してこようと思うが、それも魔獣との戦いに使うだけなのであまり数は必要ないし、最近は瘴気のせいで魔獣も出なかったので、かなり需要が細っているとの事だった。
それならなにか今までにない新しい物をと思ったが、ほとんど水中で過ごしていて立派な毛皮をお持ちの方々に服が必要だとは思えないし、お酒は自分達で作っているし、甘い物も『干した果物で十分です』でらしい。
これから先も海狸族の人達の力を借りる事があると思うので、お返しはなにか探さないといけないね……。
そんな事を考えながら歩いていると、間もなく行く手が上り坂になってくる。山登りのはじまりだ。
馬のシルハ君は前回の山越えがキツかったので、今回はお留守番。
海狸族の皆さんに預けようという案もあったが、懐いていない人に預けるよりも、シーラの匂いがする拠点周辺で放し飼いの方がいいだろうとの結論に達し、そのまま置いてきた。
事前に放し飼いの訓練もしたが、俺が呼んでも無反応なのに、シーラが呼ぶと姿が見えない距離からでもすぐに戻ってきたので、大丈夫だと思う。
今は魔獣がいないから、襲われる心配もないだろうしね。
……という訳で馬がいない分、荷物は俺達が分担して持つ事になる。
遠征に出る冒険者の知恵で、食料と野営用の天幕は一まとめにせず、各自が自分の分を持つのが大前提らしい。
水筒はともかく、干し肉とかは一つにまとめたほうが効率的な気もするが、誰か一人がまとめて持つとその人とはぐれたり、魔獣に襲われてその人が犠牲になった時に、生き残った人まで命の危機に晒されてしまう。
なので最低限生存に必要な食料と天幕だけは、自分の分は自分で持つのが鉄則なのだそうだ。
シビアと言うか、厳しい世界だよね……。
そんな訳で俺も自分の分の荷物を持っている訳だが、他はかさばる割には軽い干魚だけだ。
メーアは鍋などの調理器具と、塩を一袋。
シーラは武器の他、塩の袋を三つも持ってくれている。
袋の大きさは同じでも、隙間だらけの干魚に比べて、塩はギッシリ詰まっていてかなり重い。
それを三つ持って山を登るだけでもかなりの重労働なのに、武器も持って魔獣の警戒と対応もする事になるので、シーラにかかる負担は相当なものだ。
本当は俺がもっと持つべきなんだけど、進むペースを考慮した場合これが最適の配分だという事に落ち着いた。
俺の荷物が増えると俺が歩く速度が遅くなり、結果としてパーティー全体の進行速度が落ちてしまうのだ。
なんというか、申し訳ないよね……。
――道中で役に立たない分は交渉で頑張ろうと決意を新たにし、山登りを続ける。
最初に山を越えた時はエルフの村まで一日弱、山脈越え全体に三日かかったが、今回は食料持参で狩りをする必要がないし、道のない山越えが苦手だった馬のシルハ君がいないので、いくらか早く着くと思う。
道がある所では人や荷物をいっぱい積んで運べるのに、得て不得手というのは難しいね。
海狸族のタリンさん達も、川と海なら大量の丸太を迅速に運んで来てくれたけど、陸上は苦手で水から離れては生きられない。
山越えなんてとんでもない話で、エルフとの交易は向こうが訊ねてくるのを待つ、完全な受身形式だそうだ。
来たらこっちにも知らせてもらえるようお願いしていたが、この二か月ほどの間に姿を見せる事はなかった。
元々かなり頻度が低い上に、瘴気の話が広まって敬遠されているのだろう。今回の交易で瘴気が消えた事も報告しておきたい。
……絶え間なく周囲を警戒しているシーラと違い、黙々と山を登るだけの俺は色々な事を思い出したり考えたりしながら、歩き続ける。
二日目には山を登りきって下りになり、その日の夕方、そろそろ野営する場所を決めないといけないなと思い始めた頃。
不意にシーラが足を止め、『エルフがいます』と言葉を発した。
どうやら行きよりも速いペースで、エルフの村近くまで来たらしい。
姿を現したのは、多分行きに見たのと同じ人。エリスの母親の親類疑惑がある人だった。
また遭遇したのは、この辺りの警戒担当なのか。
それとも村を追放されたというエリスの母親が戻ってくるのを期待して、見回りをしているのか。
いずれにしても、面識がある人なのはありがたい。
俺は貴重な出番だとばかり、前に出てエルフの青年と向かい合うのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1049万8680ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者 アルパの街に残留)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)




