40 謎の漂流物
シーラと二人で馬を駆り……と言うとなんかカッコイイけど、実際には手綱を取るシーラの後ろに乗せてもらい。シーラにしがみつきながらという、情けないけどちょっと役得な姿勢で、瘴気の元が流れているという現場に急ぐ。
性格は固いシーラだけど、しがみついた体は柔らかかったし、水浴びしかしていないのにいい匂いがした……。
……そんな話は置いておいて、今は石油だ。
シルハ君は普段俺といる時の緩慢な動作が嘘のように、シーラの指示に従って足場の悪い砂浜を疾走する……なんか生き生きしてるね。
エロ馬疑惑は訂正したので、久しぶりにご主人の役に立てて張り切っているのだと思う事にしよう。
……走る時間は意外と短く、拠点の洞窟がある崖が見えるくらいの距離で突然、今までと違った光景が現われた。
それは焼けた森で、枯れ木の森とも違って黒く焼け落ちた木が無数に立っていて、独特の不気味さがある。
――とはいえ所々では若木が芽吹いているので、焼けたのはしばらく前なのだろう。
多分、タリンさんが言っていた『3年前の冬』に油田火災が起きた時だと思う。
嵐と同時だったそうだから、雷が落ちて火が付いたけど、森には延焼しなかったのだろう。
焼け跡は帯のように、内陸に向かって伸びている……。
俺達は馬を降り、シーラの先導で焼け跡を辿っていく。
……延焼しなかったと言っても所々かなり広い幅で燃えていて、かなり火勢が強かった事が想像できる。
そんな場所をしばらく歩き、シーラの『ここです』と言う声に足を止めて地面を見ると、なるほど白い液体が地面に溜まっていて、少しずつこちらに流れてきていた。
ゆっくりとしたペースだけど、確実に海に向かっている。この分だと一ヶ月か、二ヶ月くらいで海に到達するだろう。
足元は火災の時に焼けて固まってしまったのか、地面が固くてあまり染み込みそうな感じはしない。
このままだといずれ海に流れ込んで環境を汚染するし、せっかく目処が立った塩作りにも影響を及ぼすだろう。
……対策としては、海狸族の皆さんにお願いしてダムを作ってもらうのが思い浮かぶけど、瘴気の元だから嫌がるだろうね。
それにダムを作って溜めてもいずれは溢れるから、根本的な対策にはならない。
やはり理想は、なにか有効な使い道を見つける事だよね……。
――とはいえ、ここ最近海水を煮詰める炎を見ながらずっと考えていたが、なにも思い浮かばないのである。
歴史の知識として、石器時代に天然アスファルトが接着剤として使われていたという話は聞いた事があるが、今俺の目の前にある白い石油はわりとサラサラで、接着剤にはなりそうにない。
感覚としては、牛乳と生クリームの中間くらいの粘り気だ。
精製された灯油がランプの燃料として普及した事で、それまで照明用の油として多用されていた鯨油の需要が減り。クジラを絶滅から救ったという話も聞いた記憶があるが、肝心の精製をどうやったかは知らない。聞きかじり知識の限界だね。
元の世界ならパソコンかスマホで検索すればそれなりの答えが得られたと思うけど、この世界にそんな便利なものがあるはずもなく……。
どうしよう、手詰まりかな?
とりあえずじっと地面を見ていてもなにも始まらないし、もうすぐ暗くなる時間だ。
今日は現状確認だけして、一旦拠点に帰る事にし。シーラと一緒に来た道を戻る。
……帰りの海岸で馬の背に揺られながら海を見ていると、ふと視界に妙なものが映った。
「――シーラ、止めて!」
そう叫んで馬を止めてもらい。ヒラリと飛び降りて……とできるとカッコ良かったのだが、そんな運動神経はないので『よっこいしょ』と馬を降り、波打ち際へ向かう。
そこには白くぶよぶよした塊が、打ち寄せる波に揺られてコロコロと転がっていた。
……水でふやけた湿布みたいな物体だが、この世界に湿布はないだろうから……なんだろう? クラゲ? ウミウシ? なにかの卵とか?
クラゲだったら危ないので棒でつついてみると、簡単に穴が開いて、しばらく戻らない。……なんだろう、粘土? 生き物じゃないのかな?
恐る恐る手で触れてみると、なんかプルプルしていて柔らかい。
……謎の物体をいじくり回していると、俺の様子が気になったのだろう。シーラが馬からヒラリと降りて、こちらにやってくる。
俺と違ってシーラは本当に身軽で、華麗にという言葉がピッタリくる鮮やかな身のこなしだ。
カッコ良くて好きになってしまいそう……いや、もうすでにわりと好きになってるけどね。
「それはなんですか?」
一瞬王子様に話しかけられた街娘みたいにときめいてしまうが、今は恋愛とかしている場合じゃないし、シーラもその気はないだろうから、気を取り直して冷静に声を出す。
「よく分からないけど、なんかプニプニした謎の物体。生き物ではない感じがするんだけど……」
「瘴気に関わる物ですか?」
あー、なるほど。その可能性はありそうだ。
色も白いし、粘度を増した白い石油に見えない事もない。
水から持ち上げて臭いを嗅いでみると、微かに油の臭いがした。なるほど。
「うん、多分瘴気の元になる液体が固まったものだと思う」
……だけど、どうして固まっているのだろう? ここにあるのはダムからの放水の時に流されたとして、水に触れると固まるのだろうか?
でもそれなら、雨で固まっていないとおかしい。
油田火災を消火してからも雨の日はあったので、水で固まるなら油が流れていた現場にもこの塊があったはずだが、一つも見かけなかった。
となると、他の要因で固まった事になるけど……海水だから塩とかかな?
「……シーラ、一回拠点に帰った後、もう一度油が流れてた場所に戻ってくれる?」
「わかりました」
突然の俺の言葉に、シーラは理由を訊く事もなく即座に答えてくれる。まるで命令を受けた軍人みたいだ……実際本人的にはそうなのかもしれないね。
俺の事を参謀として認めてくれたみたいだし、皇帝として、仕える主としても認めてくれているみたいだ。
……期待に応えられるように頑張ろう。
そんな事を考えながらもう一度白い石油が流れている現場に戻り、拠点から持って来た食事用の木のお椀に油を少し掬って、零さないように持って帰る。
これで色々実験をしてみよう。もしかしたら有効な利用法の発見に繋がるかもしれないし、それが無理でも、任意に固める事ができれば海に流れ出すのを止める手段になるかもしれない。
……拠点に帰ったら、瘴気の元を見たメーアがものすごく脅えて後ずさったので、俺は洞窟の外。いつも塩を作っている場所で実験をはじめる。
そういえば、お椀使っちゃったけど晩御飯どうしよう……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1049万8680ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者 アルパの街に残留)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)




