39 新しい拠点と塩作り
海狸族の族長さん推薦の拠点候補地で、俺とシーラ、メーアと馬のシルハ君とで、三人と一匹の新生活が始まった。
まずは拠点の整備……なのだが、洞窟の入り口から少し入った所に枯草と枯葉を敷き詰めて寝床を作り、風よけの天幕を周囲に張る。
あとは炊事と暖房と照明を兼ねたかまどを作れば、それで完成だ。
いつもの野営に毛が生えたような物で、手慣れた感じですぐに終わってしまった。
本当は家とか小屋とか建てたいけど、材料も人手もないからね。
今はとりあえず生活基盤の確立が優先なので、シーラは食料調達、メーアは食事作りと各種雑用と得意分野に精を出し。俺は塩作りに手を付ける。
……と言っても、一つしかない鍋はメーアが料理に使うので、塩作りができるのはご飯の後。夜は危ないので、この世界は基本一日二食なのを活かして、朝食から夕食の間だ。
事前準備として食事用のお椀を持って海に行き、場所によって塩分濃度が違うかを調べてみた所、小川の河口付近でちょっと薄いような気がした以外は、数メートルも離れるとほとんど違いが分からなかった。
油田火災の影響もないようで、煤は浮いていないし、油臭さもない。
どこで採取しても大した違いがなさそうな事を確認し。あとは海水を煮詰めるための薪を集めて回る。
ここから南に向かうと森だけど、油田火災のせいでしばらく歩くとすぐに枯れた森に変わって、薪を集め放題だ。
狩りに行ったシーラは大変だろうけど、俺としてはありがたい限りである。
海岸にも流木が沢山あるので、乾かせば燃料に使えるはずだ。
たとえ海水が薄くて塩分濃度が半分でも、倍量を。三分の一でも三倍量を煮詰めれば普通の海水と同量の塩が採れるはずなので、大量の薪パワーと時間で押し切ってみよう。
……そんな訳で、翌日から朝食後の鍋を借り受けて塩作りにチャレンジする。
海水の補充を考えて海のそばに簡単なかまどを作り、鍋を置いてお椀で汲んできた海水を入れて火にかける。
大きなバケツが欲しい所だ……。
夕方には夕食を作るために鍋を返さないといけないので、なるべく火力を上げようとするが、北の大地とはいえ夏なので暑い。
適度に水分を取りながら作業を続けるが、これ冬だと逆に寒さが辛いだろうね。
雨が降っても作業ができなくなるだろうし、継続生産するなら作業小屋が欲しい所だ……。
そんな事を考えながら延々薪と海水を足し続け。たまに薪を集めてきてくれたメーアと話をしながら、陽が傾くまで作業を続ける。
最後は火力を落として、焦げないように丁寧に水分を飛ばし。鍋の底に溜まった白い粉末を取り分けてみると、お椀に半分……よりもちょっと少ないくらいの量になった。
大体だけど、200~300グラムくらいだろうか?
お椀に50杯以上の海水を入れたので、塩分濃度はざっくり1パーセント弱くらいだと思う。やっぱりかなり薄いよね。
朝から夕方まで10時間くらい作業をして、薪一山を使ってこれだけ……効率としてはかなり悪い気がするけど、一応生産可能である事は判明した。
ともあれ、成果である塩を一つまみ舐めてみると……なんか苦い?
これはアレだ、元の世界でも一時期流行った『にがり』と言うやつだ。たしか放置しておくと勝手に下の方に溜まるはずなので、お椀の縁を使って、塩を滑り台状に成形する。
こうすれば上の方から普通に使えるだろう。
――そんな事をしていたらシーラが帰ってきたので、メーアと二人にも味見をしてもらった所、ちゃんと塩だとのお墨付きを頂いた。
特にメーアは『湖から塩が採れるんですね……』と驚いていた。
どうやら出身が内陸部なので、海の存在を知らないらしい。タリンさん達は海ではなく大池だったけど、メーア的には湖らしい。
ちなみにシーラは帝国でも南部の出身だそうで、砂漠のオアシス都市みたいな所で生まれ育ったので、やっぱり海は知らないそうだ。
大きな水たまりと言うだけで珍しいそうで、驚いてはいたとの事。
だけど瘴気を見た時以外全然表情に出なかったのは、ポーカーフェイスを極めているのか。あるいは境遇が感情表現を殺してしまったのか。
後者だとしたら悲しいね。生活が落ち着いたら、シーラに笑ってもらおうプロジェクトも企画したい。
……それはともかく、少量だけど塩を。交易品を確保する事ができた。
このペースでしばらく頑張って、バケツと鍋を交換できるくらい溜まったら交易に行ってみたい。
エルフさん達ならバケツを持ってそうだけど、鍋はどうだろう? 最悪アルパの街まで戻らないといけないかもしれない。
そうなると、塩をもっと作ってからの方がいいだろうか? 俺達が使う分もあるしね。
そんな事を考えながら、朝から夕方までの塩作り生活が始まった。
薪は炊事用とまとめてメーアが集めてくれる事になり、俺は釜焚き専業で一日200~300グラムの塩を生産しつつ、海狸族との交流も進める。
この拠点に来て二日目には、早くもタリンさんが大量の木材を運んできてくれた。
……ただ海狸族は製材をしないようで、全部丸太だ。家とかを作るには加工が必要で、それには道具がいる。あとは人手も。
考える事が山積みだね……。
だけどなにはともあれ、まずはバケツと鍋だ。
一応タリンさんに訊いてみたが、やはり持っていないらしい。
火を使わないし、常時水に漬かっているような生活をしている海狸族の皆さんには、どちらも必要ない物なんだろうね。
金属っぽいものとしては、タリンさんが持っている槍のような銛のような武器の先端だけど、訊いてみたらエルフ族との交易で手に入れたものだそうで、金属かと思いきや硬い石を加工したものらしい。
やはりエルフは金属を使わなかったりするのだろうか? となると、鍋はやっぱり人間の街まで戻らないとダメかな?
そんな事を考えながら塩作りに励んでいたある日。狩りから戻ってきたシーラが『瘴気の元が流れているのを見ました』と報告をくれた。
湧き出してきた石油が窪みから溢れ、川のように流れているのだろう。
燃えていないのはいいけど、そのまま海まで流れたら海水を汚染して、塩作りに影響が出るかもしれない。
「シーラ、案内して」
なにか対策がある訳ではないが、とりあえず現場を確認しようと案内を頼み。
塩作りを中断して、シーラが連れてきたシルハ君の背中に二人で乗って、俺達は海岸を東に駆けるのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1049万8680ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者 アルパの街に残留)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)
新年あけましておめでとうございます。
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誠にありがとうございました。
新年早々大変な年になっていますが、本年も当作をよろしくお願い申し上げますと共に、皆様にとって良い一年になるようお祈り申し上げます。




