36 石油か否か
海狸族の戦士タリンさんを同行者に加えて、俺達は筏のようなハシケに乗って、瘴気の発生点こと油田火災の現場を目指す。
一度火災だと確認しているシーラやメーアは若干の余裕があるけど、瘴気だと信じているタリンさんはカチコチに体を強張らせて、緊張の極みだ。
それでも前を見ながら浅瀬の場所などを知らせてくれ、シーラは巧みにそれを避けてハシケを進める。
……北上するにつれて煙が濃くなり、周囲は枯れ木ばかりになって嫌な雰囲気が増していく。
水面も所々、油膜特有の虹色の反射をしていて、更に不気味さが加わっている。
タリンさんはかなり脅えている様子だが、それでも帰ろうと言い出さないのは、さすが戦士なのだろう。
「……あの辺りが発生点だったと記憶します」
数時間の移動を経て、シーラが前方を指差した。
辺りが湿地になって景色が変わっていてもちゃんと場所を把握できるとか、シーラはホントに優秀だ。迷子とかならないタイプなのだろう、軍人向きだよね。
目的地はまだかなり離れているけど、煙が上がっている様子はない。
煙はもっと向こうから上っているけど、昨日に比べると大分細くなっている。
水に流されて移動し、消えかけているのだろう。
――発生点に近付くと水面に白い油膜が張りはじめ、まるで牛乳に浮かんでいるようになってきた。
白い……か。
タリンさんが『白い沼』と言っていたけど、ホントに白いね。
これが黒ければ石油確定でいいと思うんだけど、白か……。
この世界にはエルフとか獣人とかいるし、魔石とかもあるから、この世界の石油は白い……って言われたらそういう事もあるのかな?
そんな事を考えながら、指につけて触ってみようとしたら、メーアとタリンさんにすごい勢いで止められた。……そういえば、瘴気の元になる毒だって言った気がするな。
『少しなら大丈夫だから』と説得して、触ってみる……うん、よく考えたら俺石油の手触りとか知らなかったわ。
だけどとりあえず、臭いは機械油っぽい。鼻に近づけたらメーアとタリンさんがドン引きだったけど、もう気にしない事にする。
――二人はともかく、シーラがなにも言わずに黙って見ているのは、俺のやる事を信頼してくれているから……でいいのだろうか?
そこそこ長い付き合いだからね、そうだったらちょっと嬉しい。
そんな事を考えながら、俺は視線を北に向ける。
「……シーラ、今燃えてるのって北の方だよね? この白いのが燃えるとして、ここまで戻ってきそうな感じある?」
「この先で広く途切れていますので、現状では心配ないかと。この油がどんどん湧き出して広がっていくと言うなら分かりませんが、見た感じでは火が消える方が早そうですね」
おお、さすがシーラ。理解がよくて助かる。
とりあえずまだ未確定要素はあるけど、消火は成功したって事でいいかな? これで瘴気の問題は一応解決したと思う。
万一また燃え出しても、同じ方法で消火できる事も分かったしね。
状況が確認できたので、シーラに戻ってもらうようにお願いする。
次の問題は、この油の有効活用法だ。
このままだとまた白い沼になるだけ。そして多分、湧き続ける以上どこかから流れ出していたと思う。環境にもよくない。
本来の石油は蒸留すると色んな成分に分かれて、ガソリンとか灯油とかアスファルトとかプラスチックの原料とかが採れるらしいけど、そんな設備も技術もない。
このまま燃やす事はできるけど、黒い煙がいっぱい出るから実用的じゃないよね……。
ハシケに揺られながら色々考えるが、俺の知識ではいい考えは思い浮かばなかった。
とりあえず、水が引くまでに何か考えてみよう。
そんな事を考えていると、水面から油が消えたと見るやタリンさんが水に飛び込んで押してくれ、ハシケは一気にスピードが増す。
タリンさん、どうやら早く帰りたいようだ。まだ瘴気への恐怖が抜けていないらしい。
ハシケはシーラの出番がないくらいの速度で進み、やがて出発地点のダムが見えてきて……その上に大勢の獣人さん達が並んでこちらに手を振っていた。
……なんだろう? 無事の帰還を喜んでくれているのかな?
でも俺達そんなに好感度高かったっけ? 昨日会ったばかりだよね?
ちょっと面食らっていると、岸に着くのを待ちきれなかったように長老さんが駆け寄ってきて、俺の手を取る。
「ありがとうございます! まさか本当に瘴気を討ち払ってしまわれるとは。あなたはもしや伝説に語られる、魔を払う勇者様ですか?」
――おおう、なんかファンタジーな事言いはじめた。
いやこの世界はわりとファンタジーだけど……って、そうか。
後ろを振り返ってみると、なるほど立ち上る煙はかなり遠ざかっているし、辺りを霧のように覆っていた煙も薄くなっている。
見ようによっては、俺が瘴気を発生させているなんか悪い奴を追い払ったように見えるのだろう。
「さぁ、宴の用意をしてありますからどうぞこちらに!」
事情を説明する間もなく、俺達は獣人さん達に手を引かれて堤防の一部が拡張された宴会場へと連れて行かれる。
……まぁ、タリンさんが同行した訳だし。『様子を見に行っただけで特に何もしてないよ』と説明してくれるだろう。
せっかく用意してくれた宴席を白けさせるのもなんだし、合間合間に『長老が堤防を壊す決断をしてくれたおかげですよ』『皆さんのダムと水があったおかげです』と事実を伝えながら、お祝いに参加させてもらった。
瘴気が消えたのは事実で、俺もちょっとは貢献しているから、騙している事にもならないだろう。
元の世界のビーバーは草食だったけど、この世界の海狸族は魚も食べるようで、宴席には草や木の実、果実酒の他、大量の生魚が並ぶ……生魚か。
俺は元日本人なのでお造りを食べる事には抵抗ないけど、丸のままの魚を齧るのはさすがにちょっと無理がある。
どうやら海狸族の皆さんは火を使わないようで、どうしようかなと思っていたら、メーアが魔石コンロを持ち出して、即席でスープを作ってくれた。ありがたい。
木の実はそのまま食べられるし、鮭っぽい魚の干物は元の世界にも似たものがあったので、これもいけた。塩味が効いていて美味しい……ん、塩味?
「この塩はどこで採れたものですか?」
隣で御機嫌な様子でお酒を飲んでいた長老さんに訊いてみると『塩とはなんですかな?』と予想外の反応をされた。
舟の時もそうだったけど、言葉は通じても認識されていないものは理解されないらしい。
「この魚の味はどうやってつけているのですか?」
「ああ、この川を下って行くと大きな池があるのですが、そこの水はこの味がするのです。我々は大池味と呼んでいます。
何度か浸けては干してを繰り返すといい味になり、長期間保存できるようになります」
おお、どうやらここは海が近いらしい。そして海狸族の皆さんは海でも泳げるんだね。
「なるほど、エルフ族との交易品として人気がありそうですね」
「山に住んでいる耳長ですか? いや取引した事はありませんな。あの連中は魚を食べませんから。
連中と取引するのは大池に生えている草を干したものくらいです」
なるほど、海草の類かな? エルフさん達は交易品に塩を求めていたけど、干し海草ならそこそこ塩分ありそうだもんね。
だけど火を使わない海狸族の皆さんでは大規模な製塩はできないから、不足分を反対側の人間とも取引している訳だ。……なんか商機がありそうな気がするな。
石油を燃料に使えればいいけど、当面は木でもいいだろう。幸い瘴気のせいで、辺りには枯れ木が大量にある。
メーアが作ってくれたスープを飲みながら、俺は塩作りに必要なものについてあれこれ考えるのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1049万8680ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者 アルパの街に残留)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)




