31 北へ
エルフの青年と別れた俺達は、大山脈の北側を目指して山登りを続ける。
途中まではあった獣道も、エルフの青年と会った場所辺りからは徐々に薄くなり、ついには完全に消えてしまった。
木の枝や蔓が進む邪魔をし、足元も不安定で歩きにくい。
体が大きい馬のシルハ君は特に大変そうで、先頭を行くシーラが槍を振るって枝や蔓を払ってくれているが、それでも苦戦しているようだ。
特に障害物に弱いので、倒木を避けて迂回したり、段差を乗り越える時にはシーラがシルハくんの体を押してあげたりと、進行速度はかなり遅くなっている。
て言うか、シルハ君の体重って数百キロはありそうなのに、押して段差を登らせるシーラってかなりすごいよね。
元の世界でも重量挙げの選手は数百キロを持ち上げていたけど、あれに匹敵するんじゃないだろうか?
先頭でのルート選定に枝や蔓払い、魔獣の警戒と対応に食材の調達もやってくれているので、シーラの負担は半端ではないと思う。
文句一つ言わずに黙々とこなしてくれるのは本当に頭が下がるし、宰相を倒す最終目的にかける情熱の強さも感じられて、身が引き締まる感じがする。
なので俺も少しでも役に立とうと、進行速度が落ちてできた余裕を生かして、食べられる野草や木の実を集める。
体力使うなら食事は大事だからね。……キノコも生えているけど、それは見送る事にした。
一応、食用・薬用・有毒の動植物について書かれた本も読んだけど、本だけの知識だからさすがにちょっと怖いよね。
実際その本にも、キノコは特に見分けが難しいから気をつけるようにと書いてあった。
まぁ、草や木の実にも最悪食べたら死ぬものがあるので、油断はできないけどね。
……食べ物を探すついでに、なにか商売の種になるものもないかと探すが、こちらはそう簡単には見つからない。
岩塩鉱山でもあればいいのだが、この辺りを活動圏にしているエルフさん達が交易品として塩を求めていた事を考えると、可能性は皆無に近いだろう。
まぁ、そんな旨い話は早々ないよね……。
そんな事を考えながら山を登り続け、一日目は森の中で夜営をし。二日目には森を抜けて岩山ゾーンに突入したので、岩陰で夜営をした。
ここで一つ問題が発生して、岩山地帯は標高が高いせいかシルハ君のエサになる草が生えていないし、川も流れていないのだ。
俺達は手持ちの水と食べ物で数日行動できるけど、馬は毎日大量の水と草を必要とするので、岩山を長時間行動する事ができない。
応急策として天幕を二重にして水袋にし、シルハ君に積んで運んでいるけど、革製の天幕では水漏れするので、二日くらいしか持たないと思う。
山頂は大分近付いているけど、場合によっては行動を見直さないといけないかもしれない。
そんな事を考えながらの三日目。
もうかなり登ったので空気が薄いのか、いつもより呼吸が苦しいし、季節的には夏なのに肌寒いくらいだ。
シルハ君はエサも水も満足にないし、体が大きい分空気が薄いのも辛いと思う。実際、かなり息が上がっている。
だけどへたり込んだりする事なく、重い水を担いで懸命にシーラの後をついて山を登っていく。
……エロ馬疑惑とかかけたの申し訳ない気がしてきた。頑健で辛抱強くて主人に忠実な、最高の名馬じゃないか。
全力でシルハ君を見直しながら上を見上げると、もう山頂はかなり近くに見えている。
……いや、正確には山頂じゃないかな? 山の頂に当たる部分は、横を見ると、更に高く聳え立っている。
だけど俺達は登山家じゃないので、目指すのは一番低い最高点だ。
山が幾つも連なっている山脈なので、山と山との間の、谷間のように低くなっている所を狙って山を越えるのだ。
……もし山脈に奥行きがあって、ここを超えてもまた次の山とかだったら、さすがに突破は無理なので引き返すしかない。
そしてもしここが頂点でも、エルフの青年によると、北の地には瘴気が発生していて、黒い霧に覆われた死の大地になっているらしい。
瘴気か……元の世界に該当するものはなかったけど、こっちの世界で読んだ本には書いてあったし、シーラもメーアも信じている様子だったから、実在するのだろうか?
本で読んだ感触だと、細菌やウイルスみたいな目に見えない脅威の事を指している感じがしたけど、それが濃くなって黒い霧に見える……なんて事があるのだろうか?
本当にあったらかなりヤバそうな気がするが、とにかく見てみない事にははじまらない。
竜が出るか蛇が出るか、俺は覚悟を決めて、山脈の稜線を超える……。
「おおう……」
眼下に広がる光景に、思わず驚嘆の声が漏れた。
とりあえず、もう一つ山のパターンはなかった。今俺達が立っている所が山脈の最高点で、あとは下り。その向こうには平地が続いている。
だけどその平地はエルフの青年が言っていた通り。黒い霧が漂い、草木は枯れてしまっている。
黒い雨が降り、空を飛ぶ鳥さえ落ちると言うのも、あながち嘘ではないと思えるような。そんな光景だった。
メーアはもちろん、気が強いシーラでさえも、脅えたように表情を引き攣らせている。
これは……ダメかな。
思わずそう口に出しかけた瞬間。俺の鼻が、ふっと覚えがある臭いを感じ取った気がした。
――いや、気のせいではなく、この臭いは確かに覚えがある。
鼻の奥をツンと刺すような刺激があり、お世辞にもいい香りではない。
瘴気かどうかは別にして、毒ガスの類だと言われても納得してしまう臭いである。
こんな臭い、どこで嗅いだんだろう?
…………記憶を辿っていると、ハッと前世での出来事に思い当たる。
あれはたしか、インスタントラーメンを作っていた時。
お湯を沸かして麺を茹でようとした瞬間、袋がスルッと落ちてガスコンロにダイブし、黒煙を噴いて燃えた時の事だ。
慌てて箸で掴んで流しで消火したけど、一瞬火事になるかと思った。
あの時に感じた、プラスチックが焼ける独特の臭い……今感じた臭いは、あれと同じなのだ。
……という事はもしかして、この黒い霧は瘴気ではなく、誰かがゴミを燃やして発生させた黒煙とかなのだろうか?
――いや、それは考えにくい。
少なくとも、今までこっちの世界ではプラスチックもビニールも見ていない。
もしそんな物があれば、野営の時に雨をしのぐのに使う革製の天幕。今はシルハ君の水を入れる袋になっているあれなんかは、もっと軽くて防水性能も高い物になっているだろう。
プラスチックやビニールに当たる物は後宮でも見た記憶がないし、沢山読んだ本にも書かれていなかった。
つまり、この世界には存在していない可能性が高い。
……だとしたら、この瘴気の正体はなんだろう?
本当に瘴気である可能性もあるが、燃えたプラスチックの臭いがする瘴気というのも、なんか違う気がする。
そういえば、プラスチックの原料って……。
俺は瘴気の正体に気付いた気がして、じっと瘴気の発生源を。黒い霧が湧き出している場所を凝視するのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……0.0%
資産
・1049万8680ダルナ
・元宝石がいっぱい付いていた犬のぬいぐるみ(今はおでこに一つだけ)
配下
シーラ(部下・C級冒険者)
メルツ(パーティーメンバー・E級冒険者 アルパの街に残留)
メーア(パーティーメンバー・E級冒険者)




