3 密談
シーラがこの国を牛耳っている宰相に不満を持っているっぽい事が発覚した所で、さらに情報収集を続ける。
「余の父上や兄上達は、殺されたのだろう?」
俺の中の皇帝の記憶では、全員自然死。一族にかけられた呪いのせいと説明されて納得しているが、さすがに嘘だと思う。
仮にここが異世界で、本当に呪いや魔法があるとしても、呪いをかけているのはきっと宰相だろう。
それは実質、宰相が殺したのと同じ事だ。
幼い皇帝が発した重たい言葉に、シーラは表情を曇らせながら口を開く。
「ご存知でしたか……」
「うむ、黒幕は宰相だな?」
「証拠はありませんが、まず間違いなく」
「そうか……いつからかは分かるか?」
「おそらくは5世陛下から。40年で21人になります」
おおう……想像以上に多いな。
俺が26世らしいので長く続いている国なのかと思ったら、回転が速いだけだった。
それにしても平均在位二年とか、みんな何歳くらいで亡くなってるんだろうね……あ、皇帝の記憶にあった。平均寿命15歳だそうだ……ヤバくない?
そりゃ11歳の俺にまで順番回ってくるわ。て言うかそんなに殺したら、皇帝が滅びちゃうぞ。
……と思ったが、これも皇帝の記憶によると、まだ弟が20人くらいいるようだ。
よく考えたら何百人もいるハーレムがあるんだから、その気になれば子供をたくさん作れるのだ。
この体は精通がまだだけど、作れるようになったら一年に100人とか、計算上は不可能ではない。大量生産大量廃棄の、まさに使い捨て皇帝だ。ロクでもないな、皇帝だって人間なんだぞ。
……そして自分が今、その最前線にいるかと思うと、もう生きた心地がしない。
これは一刻も早く逃亡する段取りを整えなくては……。
寒気がしてきたので、掛けられている布団を引き上げる……と、シーラが、『皇帝陛下、寒いですか?』と気遣う表情を浮かべて、手を握ってくれた。ホントに優しくていい子だね。
過去の皇帝である父親や兄達は、俺にとってはほぼ他人に等しい存在だけど、皇帝にとっては血の繋がった家族だったのだ。
俺がイメージするような家族生活はなかったみたいだけど、それでも物みたいに使い捨てられていたとなればショックだろうから、シーラは心配してくれているのだろう。手が、温かい……。
――と、母親の事に思いを馳せた瞬間、ズキリと胸が痛んだ。
なんだろう? 俺の中の皇帝の記憶……いや、死んで消えてしまったはずの意識が訴えかけてきたのだろうか?
記憶によると皇帝は母親に育てられ、一緒に暮らしていたが、即位に当たって引き離され。以降は一年以上も会っていないらしい。
11歳の子供にとっては、そりゃ寂しいよね……。
父親は19世皇帝でもう死んでいる……と言うか殺されているけど、母親はどうなっているのだろう? 皇帝の記憶には残っておらず、ただ母親と引き離されて悲しかった記憶だけが残されている。
……体を乗っ取る形になってしまった以上、いつかその辺も調べて可能なら再会させてあげたいけど、それも生き残れたらの話だ。
今はまず、命を守る事を最優先に考えないといけない。
……という訳で、逃亡のための協力者を獲得するべく、シーラの説得だ。
だけどその前に――。
「シーラ、余は殺されかけた訳ではないよな?」
「はい。今回の皇帝陛下は間違いなくご病気でした」
それはなにより、一応生き返っても問題なさそうだ。
俺の立場が確認できた所で、いよいよシーラの説得だ。シーラが抱いている宰相への不満。その内容が分かれば話が早いんだけど……よし。
ここはサラリーマン三大奥義の二つめ、『この人誰だったか思い出せないから、とりあえず誰にでも通じる質問を投げてヒントを得よう』の応用でいこう。
「シーラ、おまえの計画、勝算はあるのか?」
「…………」
あれ、黙り込んでしまった?
もしかして不満だけで具体的な計画は何もないとか……ああそうか、これは俺が信用されていないのか。
俺は命がけの看護をしてもらったからシーラに強い信頼を感じているけど、シーラにはそんな出来事が起きていない。
下手な事を言ったら命に関わる案件だし、仲間がいたらその人も巻き込んでしまう。慎重になって当然だ。
でも、多分王宮の中は宰相の諜報網が張り巡らされていて、普段は堂々とこんな話をする事はできないだろう。
皇帝が伝染病に罹って隔離されている今は、千載一遇のチャンスなのだ。今のうちにできるだけ話を詰めておきたい。
その為に短時間で信頼を得る方法は……やっぱり運命共同体だよね?
「シーラ、実は余も練っておる計画があるのだが、協力を頼めんか?」
「…………詳細をお訊きしてもよろしいですか?」
お、乗ってきた。
詳細なんてざっくり逃亡計画以外特にないけど、ここはサラリーマン三大奥義の三つめ、『はい、ただいまやっております(やってない)』を発動するしかない。
「おまえと同じで詳しくは話せぬが、現状が間違っているのは明らかであろう? それを正したいと思っておる」
「……宰相とその一味を殺す。という理解でよろしいでしょうか?」
「――必要とあればな」
あれ、なんか思った以上に物騒な話になってきたな?
シーラはかわいい顔に似合わず、はっきり『殺す』と言った。追放とか強制隠居で軟禁とか。殺すにしてもせめて宰相だけとか、穏当なやり方じゃ収まらないのだろうか?
そんな事を考えていると、シーラはしばらく沈黙し。やがて覚悟を決めた目になって口を開く。
「承知いたしました。私の命、皇帝陛下にお預けいたします」
「うむ……」
おお、協力者確保成功……したと思うんだけど、大丈夫かなこれ?
とりあえずシーラの事情を訊いてみてからだけど、復讐とかだったらどうしよう?
俺はちょっとビクビクしながら、シーラに話を促すのだった……。
現時点での帝国に対する影響度……1.2%
資産
・特になし
配下
シーラ(協力者)
※2話に誤字報告をくださった方ありがとうございます。こっそり修正しておきました。